スンジョの戸惑い 169
「信じられないよ、パパの所に連れて行って。」
ウンジョ君が信じられないのは判る。
今朝家を出る時に、いつもと同じようにおじさんはウンジョ君と競争しながらトイレを取り合っていたのだから。
家の前にタクシーが来て、荷物をトランクルームに入れてもウンジョ君が家の中から出てこない。
私は、運転手さんに一言待っていてもらう様に言って家の中まで様子を見に行く事にした。
「ウンジョ君?」
玄関で靴を履いたまま動かないで立って泣いているウンジョ君をギュッと抱きしめると、張り詰めた糸が切れたのか声を出して泣き始めた。
「泣いていいんだよ。声に出して泣いてもいいんだよ。」
無理もない。
ウンジョ君は頭も良くて生意気だけど、それでもまだ子供の小学生。
私がママを亡くしたのはもっと小さくてよく物事を理解出来なかったから、そんなに怖くも心配もしていなかったけど、ウンジョ君は頭がいいから先まで考えてしまう。
「歩けない・・・・・・パパが死んじゃったらと思ったら・・・・歩けない。」
「大丈夫、死なないから。ちょっと疲れただけだよ、またみんなで星屑湯の温泉に行けば元気になるよ。負んぶしてあげるから乗って・・・・・」
しゃがんで背中を向けると、遠慮しがちにウンジョがハニの背中に負ぶさった。
小学生とはいえ、高学年の男の子は結構ハニには重かったが、スンジョに頼まれたのだからと、階段を踏み外さないように一段ずつ降りて行った。
「パラン大病院まで急いでお願いします。」
運転手に告げると、車はすぐに走り出した。
ウンジョの固く握られた手を、ハニは両手で包むようにして大丈夫だ安心してと心の中で囁いた。
ウンジョ君だけじゃなく、仕事の帰りが遅いパパに代わって、おじさんは私を実の娘の様に可愛がってくれる。
私だって、おじさんが死んじゃったらどうしていいのか判らない。
神様、もしあなたが誰かを罰するためにした事なら私にしてください。
私は手の届かないスンジョ君と一緒に暮らせて、好きになってくれただけで十分過ぎるのでどうかおじさんを助けてください。
私が、いつも問題を起こしてしまうから・・・・・おじさんが病気になったのかもしれません。
どうかおじさんを助けてください。
大好きなおばさんとスンジョ君とウンジョ君が悲しまないようにしてください。
そんな事をずっとタクシーの中で何度も祈っているうちに、車に乗って不安でいる時間にも気が付かないうちに病院に着いた。
受付で病室を聞いても家族じゃないから私は行く事が出来ない。
せめてウンジョ君だけでも行かせてあげたくて、お願いしたけど聞いてもらえなかった。
「ウンジョ君、私はここにいるから、一人で行けるよね。」
「・・・ぅん・・・・行ける。」
血の気が引いたような顔で必死に泣かないようにしようとしているウンジョ君を、ギュッと一度だけ抱きしめて、病棟の方に体の向きを変えさせた。
ウンジョ君は振り返らないでそのまま行ってしまったけど、きっと大丈夫よね?
私よりしっかりしているから。
時間外になった病院ロビーの待合の椅子に腰掛けて待っていると、ハニの姿に気が付いたギドンが声を掛けた。
「ハニや、ありがとうな。」
父のその声を聞いたハニは、それまで我慢していた涙が一度に溢れて来た。
「パパァ~~~~・・・・・・」
「よくやった、ウンジョ君をここまで一人で連れて来て、よくやった。」
ギドンも判っていた。
ハニがこの病院で母を亡くした時の事を思い出して、本当は怖くて大きな声で鳴きたかった事を。
「おじさん・・・・かなり悪いらしい。スンジョ君も気丈に振る舞っているけど、自分を責めているんだ。医学部に行かなければこんなことにならなかったと。」
ほんの少し前までギドンはスンジョと話をしていた。
今後の事を、まだ大学に入ったばかりの青年が、何百人といる従業員や関連会社の社員の事を考えなければいけなくなった事を、秘書と話をしている時に気が付いた。
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