明日はまだ何もない明日(スンミ) 55
えっ!?
声にならない声がその部屋の中で聞こえた。
聞こえないはずの声なのに、それがスンミにだけは聞こえた。
あっ!
そして、スンミの聞こえないはずの声は、ヒョンジャにだけ聞こえた。
無言で見つめ合っている二人に、詰所にいた人たちは歓声を上げながら拍手を送った。
「キム・ヒョンジャ、女の子にはじを掻かせるなよ。」
「スンミちゃんが、キム先生の看病をした事は、結構沢山の人にはばれているんですよ。」
「今すぐにでもキスして結婚しろよ。」
「そうそう、ヒョンジャ君、スンミちゃん好きだったでしょ?」
振られたと思ったから諦めようとしたが諦めきれなかった。
話もしてくれないよりは、医師としてでもいいから話をしてもう少し時間をかけて距離を近づこうとしていた。
離れたのではなく、少し距離を取っただけ。
距離を取ったら、スンミの方から自分に近づいて来てくれた。
「外に行こうか・・・ここでは話せない。」
スンミの手を掴んで歩き出すと、詰所にいる人たちが冷やかした。
いつもなら『煩い!!』と怒鳴るヒョンジャが緊張した顔でいる姿を見ると、囃し立てている人たちも二人を温かく見送った。
無言でずんずんと廊下を歩いて、畑に抜ける入口まで引っ張られる様にしてスンミは付いて来た。
「どこに行くの?」
「畑だ。畑をしてここで働くと言ったな?」
「言った・・・・言いました。」
「お前みたいにそんな細い腕で、何が出来るんだ?」
「先生は私が何も出来ないと思っているんですよね?」
「よく判っているじゃないか。土だって、乾燥してサラサラな時もあるが、雨が降ってベタベタと粘土質になって靴の裏に付いて取れない時もあるぞ。」
「判ってる。」
「水をやって収穫だけじゃない。畑の草を取ったり石ころを拾ったり、鍬を持って耕し起こす。虫もいるだろうし・・・・一通り出来るようにするには、お前みたいにのんびりとしていては覚えられないぞ。そんな事をしてオレと結婚する?」
「ダメなの?先生は私の事を好きだったでしょ?」
「畑なんてしなくてもいいから、オレはお前が選んでくれたのなら結婚してもいい。だけどな・・・・・・」
結婚してもいいと言った時は、嬉しかったが直ぐに何かを伝えようとした表情に気になった。
「オレは研修医だし、まだ国民の義務が終わっていない。」
「知ってる。スンリお兄さんもまだだし。」
「二年待てるか?その間に休学している大学に復学して、必ず卒業をしろ。そうしたら・・・・」
「そうしたら?」
「お前もオレも気が変わらなかったら、結婚しよう。」
逆プロポーズをして、仕返しのようなプロポーズ。
ヒョンジャはスンミの返事を貰えない事は無いという自信はあった。
震えているスンミの細い肩に両手を置いて、スンミを自分の胸に抱き寄せた。
「ありがとう・・・・これからは一緒に明日を見て行こう。君のご両親にはオレと一緒に挨拶に行こう。」
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