思わぬ同居人 85
「おはよう」
「おはよう・・・」
腫れた目は赤く、一晩中泣いたと判る顔をハニはしていた。
「はい!」
ドン!と、音を立てて乱暴におかずの皿を置くお袋の少々幼稚な態度に、いつもなら一言言うのだが、昨日の今日ではオレも言いにくい。
皿から溺れ落ちたおかずを指で摘まんでポンと投げるように入れられても、へたに怒る気にもならない。
「今日、パパに報告するわね。」
「余計な事を言って、親父の心臓に負担を掛けるな。」
「余計な事って・・・結婚は当人同士の問題でもないし、それよりも会社が絡んでいるのに、入院中と言ってもパパは社長よ。取引先のお嬢さんとの見合いを知らないで、恥をかかせるつもり?それよりも、昨日聞いて心臓に負担が掛ったのは間違いないわ。その問題を作ったのはスンジョ、あなたなんですからね。」
ハニとオレをくっつけたがっていたお袋にしたら、オレが見合いではなく恋愛をして結婚することになってもその相手を認めないだろう。
嫁にしたいと言うのは口実で、ハニを自分の娘にしたいくらいに溺愛をしているのだから。
「ハニちゃん、食器は食洗機に入れて廻しておいたままでいいから・・・じゃあ、病院に行くからお願いね。」
「はい、行ってらっしゃい。」
バン!!と音を立ててドアに当たるようにして閉めてグミは出て行った。
「眠れなかったのか?」
「・・・・眠れたよ・・・」
目をしばたき、スンジョと顔を合わせないようにしているハニが、眠れたはずがない事はスンジョには判っていた。
いつも通りコーヒーを淹れてくれたが、コーヒーは淹れた人の感情や精神状態も反映してくる。
今日の味は、酸味があって香りがない会社のサーバーのコーヒーと同じ味がした。
「じゃ・・会社に行くから。ウンジョが学校に出かけてお前も家を出るなら、ちゃんと鍵をかけ忘れるなよ。」
ダイニングの椅子から立ち上がって、リビングのソファーに置いてある上着を着て、カバンを持って玄関に向かうが、ハニは行ってらっしゃいと言わなかった。
その言葉を期待していた訳ではないが、いつもの習慣のその言葉を聞けない事が、それだけハニの心に深い傷として付いたことを意味していた。
親父の会社にバイトとして出社してくるはずのハニが、出社時刻を過ぎても姿を見かけなかった。
オレの所に社員と競ってコーヒーを持って来たり、ファックスを裏表間違えて送信したり、コピーをする枚数を間違えてとんでもない数を印刷し・・・
たった数日だけのバイトでも、開発室の中が賑やかだった。
携帯に電話を掛けても、きっとハニは出ないと思い、スンジョはメールを送った。
<無断欠勤か?親父の紹介と言う形で入ったのに来ないのなら、バイト代は出ないぞ>
何時間待っても、メールの返信は来なかった。
見たかどうかは判らないが、ハニはきっと見ているはずだ。
ハニからの返信のメールだと思い、メールの着信音で画面を見ると、ヘラからの恋人気取りのメール。
<昨日は楽しかったわ。私は大学だけど、あなたは会社ね。忙しくてもちゃんと食事は食べてね。お父様とお母様にもよろしく伝えてね>
悪いが、親父には君のことを伝えても、お袋にはとても君のことを伝えられないよ。
お袋にとって、ハニ以外の女性はオレの相手として認めないのだから。
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