思わぬ同居人 最終話
「スンジョ、これをハニちゃんに持って行ってくれる?」
お袋もさすがに自分の言動を反省したのか、オレにも低姿勢に接してくる。
そりゃぁそうだろう。
お袋がちゃんと病院に一緒に行って確認をすればいいのに、『子供を二人生んだ自分が言うのだから間違いない』と勝手な事を言うから、ハニは妊娠に付いて聞く母親がいないからその言葉を鵜呑みにしてしまう。
「ハニ、これを飲めよ。」
「・・・・・」
布団を被って顔を出さないハニの気持ちも判らないではない。
あれ程大きく広がったハニの妊娠騒動は、自分から広げた事ではないことは判っていても、学校に行って妊娠が違っていた事をどう伝えたらいいのか困っているのだろう。
「なぁ・・・・お前は、早く子供が欲しかったのか?」
「・・・・・・・」
ゴソゴソと動く音が聞こえるが、オレと病院の待合室でも喧嘩をしたから顔を合わせられないのだろう。
オレももう少し言葉を考えて言えばよかったが、確実ではない事に有頂天になって一緒に喜べない性格だと判ってくれていると思っていた。
ここは少し優しい言い方をして仲直りをしておいた方がいいな。
この妊娠騒動で、誰が一番傷ついたかと言えばハニだから。
「ハニは、早く子供が欲しかったかもしれないが、オレはもう少しハニと二人だけの時間が欲しいと思っている。」
頭が布団から少し出て来ているのに気が付いたスンジョは、ニヤリと笑ってその動きを見ていた。
ハニが話を聞いている事に気が付かない振りをして、また話しを続けた。
「ハニへの気持ちに気が付いた時、付き合いたいと言えばそれで良かったかもしれない。お袋もそれはそれで喜んだと思うし、お義父さんにしてもハニの気持ちを知っていたから、オレがハニと交際したいと言えばきっと許してくれたと思う。」
話をよく聞くためなのか、布団に潜っていて息苦しくなって来たからなのかは判らないが、また少しハニが動いておでこが見えて来た。
「でもさ、付き合うったって、同じ家に住んでいるのだから、今更付き合わなくたって結婚したいと言った方がいいと思った。お前も判っているように、オレは人とうまくやって行ける人間じゃないし、この先もし結婚するのならハニがいいと思った。」
また少しハニが布団から動いて、チラッとまつ毛が動いているのが見えた。
もう少しだ、もう少しでハニが布団から出て来る。
オレもこんな風に、時間を掛けて話そうと言う気持ちになったのには驚きだ。
「いつかはハニと結婚するつもりでいるのなら、最初っから結婚したいと言えばいいと思った。それにオレとハニをくっつけたかったお袋にしたら、付き合うと言ったらそうじゃなくて結婚をしろと言ったはずだ。大学を出て、オレが医師として独り立ちをしてから結婚するまでの期間を恋人と過ごして行こうと思った時、そんなに長い間待てるかな?の中でハニとは顔を合わせるし、隣の部屋にお前がいれば、自分の気持ちに気が付いた後ならオレだって普通の男だから・・・・お前と・・・・」
むくっとハニが布団から顔を遂に出した。
出したと思ったら、妊娠疑惑で落ち込んでいたのが嘘のように元気な声でオレに詰め寄った。
「エッチしたかった?」
そう来たか・・・・
「そりゃ・・・・オレだって普通の男だから、好きな女の子が隣の部屋で眠っていると思うと、それなりに想像はするし、想像したら触れてみたくなる。お袋が勝手に決めた結婚式だけど、嫌ならオレは式場に行かなかったし指輪を選んだりドレスを選ぶのに一緒に行かなかった。結婚宣言をしてから結婚式までの期間が短かったから、結婚しても子供はもう少し待って、暫くは時々デートをしたりして恋人のようなことをしたいと言ったお前に合せるつもりだった。だから、ちゃんと避妊をしていてももし本当に妊娠していたら・・・・・」
「妊娠していたら?」
「親父になってみるのもいいかなって思った。」
「本当?」
「あぁ・・・ハニとよく似た平らなおでこに、眠そうな目で笑う娘が欲しいと思った。」
「私に似た女の子でいいの?」
「顔はな・・・頭はお前に似たら困るけど。」
プゥッと膨れたハニの頬を指で突くと、プッと息を吐きだした。
美人でもないハニが、可愛く見えるのはこうして直ぐに拗ねたり、目尻を下げて笑う顔。
思ってもいなかった女の子が同居人として暮らして、知らない間にそのコロコロと変わる表情に引きつけられて、いつもいつまでも見たいと思う様になっていた。
人が作ったオレと言う型にはまったことしか出来ない人間を、自由に自分の気持ちを表すことの出来るハニが、本当のオレを見つけてくれた。
もう本当のオレとして生きて行くためには、ハニは思いもよらない同居人ではなくて、そこにいる事が当たり前のオレの一部としてずっと笑って行けるように見守って行きたい。
そのうちに、本当にオレ達の子供が生まれたら、その時はもっとお前の笑顔が輝くのだろうな。
思わぬ同居人が、想いつづける同居人としてオレは大切な物を見つけた。
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