声を出して 53
チッ チッ チッ 時計の針の音がいつも以上に大きく聞こえる。
明日は寝坊をしてはいけないからと、小学生の頃に遠足に遅刻をしたくないからと買った目覚まし時計を探し出して、枕元に置いて眠る事にした。
「眠れない・・・・・どうしよう・・・」
ハニのベッドの下に敷かれている布団でジュリがスヤスヤと寝ている。
ハニの横にはミナがこちらに背を向けて寝ているから、起きているのか眠っているのかよくわからない。
「ミナ・・・・ミナ・・・・」
「う・・・ん・・・・」
ミナは眠っていたんだ。
昔からミナは起きているのか眠っているのか判らないくらいに、いつも静かで寝息さえも聞こえない。
「寝ているのにごめんね・・・」
ハニは静かに布団から起き上がると、大の字になって眠っているジュリの身体に触れないように静かに部屋の外に出た。
一時間ほど前は、まだグミとスチャンの声が聞こえたダイニング。
もうこの時間ならきっと誰も起きていないはず。
みんなを起こさないように静かに階段を降りかけると、誰かがダイニングにいる気配がした。
「パパ・・・」
「おぅ、まだ寝ないのか?」
「眠れなくて・・・」
「ちゃんと寝ないと、花嫁が寝不足でむくんだ顔になるぞ。」
パパとこうして話をしたのも、随分と前のような気がする。
この家に来るまでは、パパと二人だけの時間もあったから、よく遅い時間にお酒を飲んでいるパパの顔を見ていた。
「少し飲むか?」
「うん!」
「少しだけだからな・・・・」
父から娘へ注がれる酒。
こうして父娘の水入らずの時間も、きっと今夜が最後になるのだろう。
明日には娘は嫁いで行く。
同じ家に住む事になっても、明日からこうして向かい合って酒を飲むのは夫だ。
妻が叶う事が出来なかった夢を、ハニには叶えてもらいたい。
父として娘に伝えたい思いはきっと最後になると思う。
幸せになるんだよ。
ハニ、お前の想いが伝わって良かったな。
どれだけ涙を流した姿を見たか。
その想いを諦めさせるためにした事に、パパは思い違いをしていた。
長い人生、人の気持ちを判っていたつもりでいたけど、何もわかっていなかったのかもしれない。
「さぁ、もう寝なさい。パパも眠るから。」
「ふふ・・・ちょっとだけ、明日の練習をしない?」
ハニがギドンにそう言うと、ギドンは嬉しそうに立ち上がった。
腕を組んで一歩一歩、しっかりと足を地に付けて歩くだけの練習。
イチ・ニ・・・・・
右・左、右・左・・・・
明日はパパがハニの腕を取って、スンジョ君の元に連れて行ってやるからな。
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