最後の雨 85(最終話)
多少気まずい感もあるが、思いっきり公衆の面前で失恋をしたからと言って、小学生みたいに大学を休むわけにはいかない。
「ほら、入るわよ。」
「ああ・・・」
「見てあげるよ、ハニが来ているのかどうか。」
ミンジュは、教室のドアを少しだけ開けて様子を伺った。
「まだ、来ていないみたいだよ。」
ミンジュの来ていないと言う言葉は、ホッとするより逆に自分の事があるからもう出てこないのではないかと心配になって来た。
オレとのことが大学中に、特に医学部棟中で知らない人がいないくらいに噂になっている。
アイツが帰った後は、男のオレでも耐えられない雰囲気だった。
「ギョル、元気出しなよ。」
「オレは、普通に元気だ。」
教室の中の奴等は、オレと関わり合いたくないように避けているが、ヘウンやミンジュにヒスン達三人はオレを気にかけてくれている。
「夫に冷たくされている人妻を、可哀想に思っただけの事だよ。あんたにだってすぐにいい子が見つかるよ。」
「同情じゃない、本気だ。」
オレは同情で人を好きにはならないことは、この仲間たちは知っているはずだ。
途中から加わったハニの良さだって、短い期間でもこの連中は判っている。
「本気にしても、どっちみちハニは結婚しているんだから、離婚してギョルとなんて無理に決まってんじゃん。これも大学生活のいい思い出として、次の恋に進まないと。」
一瞬教室が静かになって、ミンジュとヘウン・ヒスン達は他の学生たちと同じように教室の入り口を見た。
ギョルはそのみんなの動きに、ハニが教室に入って来たことを知った。
ザワザワと、ハニの事を話している声が聞こえるが、それはギョルとどういう会話をするかという事だった。
「あの・・・・ギョル・・・・・・ゴメンね・・・・・・・」
「・・・・・から・・・・」
「ギョルを傷つけるつもりもないの。私ね・・・」
「いいからって、言ってんだろ!」
ハニに怖がらせるつもりもないが、オレの独り善がり(ひとりよがり)を本当は謝らないといけないのは自分の方なのにと自覚している。
「悪い・・・・突っ立ってないで座れよ。オレはもう何とも思っていないから。」
別に離れた席で座っても構わないが、それだとコイツはきっと気にするはずだ。
オレが気にしていないということを判るためには、こうするしかないだろう。
ギョルは自分の席の横の、いつもハニが座る方に置いてあった、鞄や本をどかして場所を開けた。
昨日の事がそう簡単に当人同士には忘れることなど出来るはずがない。
いつまでも気にしていては、いけない事だって判っていた。
「ほらハニ、座らないともうすぐ先生が来るよ。」
タイミングよくミンジュが言えば、それに合わせるようにヘウンも言う。
「ギョルの横が嫌なら、場所を変わってあげるよ。」
小さい子供でもないからハニはそのことに首を横に振って、ギョルが開けてくれた場所に座った。
「旦那しかお前は好きになれないんだろ?」
「ギョル・・・・・・」
「旦那から離れたくないのなら、一人で落ち込んだりしないで、ちゃんと言いたい事は言わないとダメだぞ。言いにくかったらオレ達が言ってやるから。」
何でも言えそうなコイツなのに、旦那には言えないなんて、お前は本当に旦那にだけは嫌われたくないみたいだよ。
その気持ちにオレが入り込んだことは悪いと思っているが、それをオレはお前に言わない。
言えばきっとお前は気にするだろうから。
「もう、どんなことがあっても理由がどうであれ、別居なんかするんじゃないぞ。そんなことが公に判ったら喜ぶ人間は沢山いるから。」
「うん・・うん・・・・・・・」
またバカみたいに、ポロポロとコイツは泣いているんだろうな。
お前がそうやって泣く時に一番弱いのはペク・スンジョとオレだけじゃないことを知っておけよ。
オレが普通にお前に話しただけで、お前はすぐに嬉しそうな笑みを浮かべる。
一件冷たくて頑なな表情のペク・スンジョが、お前を選んだ理由が判るよ。
いつもピンと張った糸のようなアイツが、お前の横で糸を緩めないと切れてしまうだろう。
糸は張ったままでいると、直ぐに切れてしまうから、緩むのなら真っ白な無垢な綿の中で再生したいのかもしれない。
お前たち、いい夫婦だよ。
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