スンジョの戸惑い 1
「やあ!スンジョ。もう帰るのか?」
下駄箱の所で声を掛けられて振り返ると、そこにはギョンス先輩が立っていた。
「明日からテストですからね、部活もない家に帰ってしのんびりしようかと。」
「さすが天才だ。テスト前なのに勉強もしないでのんびりするのか。」
ギョンス先輩は現在高校三年。
エリートの1クラスではないので、そのままスポーツ推薦でパラン大に行く事になっているから部活にも熱心だ。
「授業を集中して聞いていれば、勉強をする必要など無いでしょ。」
靴を履き替えて、ギョンス先輩を無視するようにその横を通り過ぎた。
いつも誰かの視線が気になり、振り替えるが誰もいない。
影から見えるのは栗色の柔らかな長い髪に、パラン高校の制服のスカートの端。
「なら、ちょっと付き合えや。いいDVDが手に入ったんだ。」
「何のDVDですか?まさか今年のウインブルドンの決勝戦じゃないですよね。」
テニスの鬼と豪語するギョンス先輩。
老け顔で高校の制服がまったく似合わないが、性格もタイプも全く違う年下のスンジョを可愛がってくれる。
「とにかくオレの下宿に来いよ。高一なら、まだ見たことのない勉強になるDVDだよ。」
「いいですよ。ほら先輩、友達が待っていますよ・・・・・先輩!離してくださいよ。」
スンジョはギョンス先輩に腕を掴まれて、ほとんど拉致されるようにギョンス先輩の友人たちも廻りを囲まれて連れて行かれた。
ギョンス先輩は、親元から離れてテニスを極めるという夢を持ってパラン高校に入った。
下宿先はレンタルビデオ店の二階。
男のわりに綺麗に片付いている部屋は、シェアしている友達が片づけをしていると聞いていた。
「初めての戸惑い・・・・・・・」
スンジョはDVDのケースを持ってポソッと言った。
「スンジョ、お前はまだだよな・・・・・・」
「何がですか?」
「女だよ。」
「興味ありませんから・・・・・・さっと見てさっと返してくださいよ。」
「ああ、わかったよ。」
声を上げながらヨダレを垂らしそうにして観ているギョンス先輩とその友人たちに対して、スンジョは顔色も変えずに視線も外さず見ていた。
まったく興味がなさそうに・・・・・・
「いやあ、ギョンスいいDVD見せてくれたな。また頼むぞ。」
「ああ・・・任せとけ・・・・スンジョ、どうだった?高一のお前にはまだ刺激が強かったか?」
「別に・・・・・・・人間の動物としての本能に子孫繁栄のための行為・・・・というところですかね。それじゃあ、帰ります。」
後ろでギョンス先輩が、スンジョはきっとスケベだとか、女じゃなくボーイズラブの方がよかったのかとか言っているのが聞こえた。
「一度先輩に付き合えばいいだろう。」
先輩の下宿を出ると、また誰かに見られている視線を感じた。
振り返るが、いつもと同じ栗色の髪が物陰からちらりと見えるだけ。
「何だ?あいつ・・・・」
部活の無い下校時間の予定より1時間半過ぎると、夕焼けが鮮やかに周りを照らした。
興味が無いような顔をして見た、DVD。
本当は少し戸惑って見ていた16歳の少年が知らない大人の世界を・・・・・一度目にしてしまうと、どんなことも直ぐに頭にインプットされてしまうから・・・・・
必要が無ければ他の情報を得る為に、それは消えていくがそれでもし何かの拍子に思い出す事もある。
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