スンジョの戸惑い 104
タクシーで救急隊に聞いた搬送先のパラン大病院の救急外来の入り口に着くと、多分親父の会社の名前を聞いていたからなのか、職員が入り口でオレを待っていた。
「ペク・スチャンさんの息子さんですか?」
「はい。」
職員に案内されて、救急外来の処置室前に行くと、お袋が両手で顔を覆って座っていた。
「息子さんが見えましたよ。」
声を掛けられてグミはスンジョの方を向き、ふららふらと立ち上がり傍に寄って来た。
「スンジョ・・・・・まだ中に入ったままなの。」
グミの手を掴むとその手は血が通っていないのではないかと思うほど、冷たく震えていた。
「パパに何かあったらどうしよう・・・・・・会社の事は何もわからないし・・・・・・」
無理もない、お袋はお嬢様育ちで親父と両親の反対を押し切って、高校卒業と同時に結婚して次の年にオレを産んだのだから、一度も働いたことなど無かったから。
「秘書のコン・サンに連絡した方が良いかしら・・・・・」
「検査の結果を待ってからでもいいんじゃないかな。」
外来の診察時間が終わった病院の廊下をお袋と並んで座っている間、色々なことを頭の中で廻った。
お袋が一人で賑やかに家の中で騒いでいても、いつもただ黙ってそのお袋を笑顔で見つめ、オレ達子供に一度も怒ったりしたことがない人だ。
仕事で疲れて帰って来ても、そんな素振りを一度も見たことがない。
新作が出る時は、毎晩帰宅するのは日付が変わってから。
それでも次の日の朝は、疲れが残っていても普通に定刻通りに出社していた。
お袋だけじゃない、長男のオレだって何も知らない。
親父の事も、会社の事も何も知らない。
救急搬送されて、どれくらい経ったのだろうか。
処置室のドアが開き、ストレッチャーに乗せられて親父が出て来た。
まだ意識はないが、土色の顔にほんの少し赤みが差したのを見た時はホッとした。
「今回担当しましたナ・ソングクです。ご主人は教授の担当なので、連絡が付き次第詳しいことをお話しします。」
担当してくれたナ医師の話に、疑問を持ったスンジョが聞き返した。
「教授が担当というのは・・・・どういうことですか?父は通院していませんが・・・・」
「ご存じなかったのですか?健康診断で、不整脈がみられ血圧もかなり高いので通院して見えましたよ。」
「パパ・・・・・私たちに心配かけまいと、何も言わなかったんだわ。」
社会的立場なのだろう。
担当が教授で病室は特別室に通された。
小さなことかもしれないが、親父の世間での評価を知ったような気がした。
「スンジョ・・・・後はママがいるから、あなたは帰りなさい。」
「でも・・・・オレは長男だから。」
「頼りないかもしれないけど、看病や付き添いは妻であるママの仕事よ。明日は学校もあるし、ハニちゃんたちが待っているから、今日の所は家に帰って。」
偉そうにオレは長男だから何かしようと思っても、まだお袋達には役に立たない子供の様な存在だと思い知ったような気がした。
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