ハニの戸惑い 23
「いらっしゃいませ。」
その言葉が、別の場所から聞こえているような気がして、その後の私は何か夢の世界にいるような感じだった。
はっきりと覚えているのは、スンジョ君が固まって動けない私の手をギュッと握って、ロボットみたいにカックンカックンと歩いて右足右手が出て左足左手が出て・・・・・・・・
気が付いたらお店の奥に置かれている商談用の椅子に並んで座っていた。
「ハニ・・・・決まった?」
その言葉に別のどこかに行っていた私が戻って来た。
「へっ?」
裏返った声に、お店のスタッフはフフッと笑って、優しく私に話してくれた。
「よくいらっしゃるから、心配なさらなくていいですよ。」
「よくって・・・・・・スンジョ君そんなに何人かの人のウエディングドレスを見に来たの。」
呆気にとられているお店の人と、<バーカ>と小声で言うスンジョ君。
「結婚はそんなに何度もするものじゃないだろう。まっ、たまにはいるかもしれないが、オレはそんなに人とうまくやれる性分じゃないことくらい判るだろう。」
そうだった・・・・・
お互いに今まで誰とも付き合った事がないのは知っていたのに、私って頭が可笑しくなったのかな。
「ねぇねぇ・・・・・・」
お店の人に聞こえないように、スンジョ君の袖を引っ張って耳の近くで聞いた。
「バイトのお金って・・・・・そんなにあるの?」
小声で言ったのに、お店の人に丸聞こえだったみたいで、スンジョ君が私の口を塞いで睨んだ。
「本を買うのを控えた。お店の人には、大体の金額を伝えて選んでもらったよ。」
本が好きなスンジョ君が、私の為に好きな本を我慢したんだ。
スンジョ君の本は高い物ばかりで、私みたいに雑誌は買っていなかったよね。
「お客様は、肌のきめも細かく色も白いので、真っ白なドレスより少し黄味がかったドレスの方がお肌が引き立つかと思います。」
いくつか用意されたドレス。
テレビとか雑誌で見るのとも、ショップのウィンドーにディスプレイされているのを見るのとも違って、間近で見るとすごく素敵で綺麗でドキドキして来た。
「試着されますか?」
一着だけずっと見ていたのを気が付いたのか、お店の人がそのドレスを取ってくれた。
「着てみろよ、着るとまた違って見えるぞ。」
ちょっと嬉しいような恥ずかしいようなそんな気持ちがいっぱいで、お店の人に付いて試着室に入ると、ただの試着なのに「あぁ・・・・本当に私は結婚するんだ」そう思った。
「背中のファスナーを上げますね。」
シューという音が聞こえて、身体にピシッとした感覚がした。
「お客様・・・・・もしかして・・・・お腹に赤ちゃんがいらっしゃいますか?」
「わ・・・判りますか?まだお腹は出ていないですけど。」
「何名かの方に試着のお手伝いをしていたので判りますよ。あまり締め付けるのはよくないので、他のデザインにしませんか?お連れ様とお話をしていくつかお持ちいたしますね。」
そう、二人だけの結婚式を挙げると言っても、まだ日取りは決まっていない。
お腹が大きくなったら、このドレスを着る事が出来ない。
ハニは他のドレスが来るまで、試着室の鏡でこのドレスの姿をしっかりと見ていようと思っていた。
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