スンリのイタズラなKiss 76
「ぅう・・・・ぅうう・・・・」
「な・・泣くなよ・・・・人が見て・・・・いなかったか・・・・」
シーズン中ではないため、宿泊客はまばらでそれぞれ自分と同行した人との会話に夢中で、若い二人の方にまでは気にならないようだ。
「で・・・・・どっちのメニューにする?」
「き・・・決まってるじゃない・・・・・・・」
ソラは涙を拭いた、今まで見た中で一番幸せそうな顔をした。
「ありがとう、勿論メニューは【あなたにずっと付いて行きます】の方に決まってるでしょ。」
「はっ・・・・は・は・は・・・・・・」
意外とあっさりと答えてくれた事にスンリは少々気が抜けた感じだ。
「何よ、その気のない笑いは。」
「いや・・・ソラがオレの事を好きだと言っていても、オリエントコーポレーションの後継者だし、いくらオレがソラと結婚をしたいと言っていても、親の決めた相手と結婚をするからと言うと思ってたから。」
「だっさー」
「だっさー?」
「だって、このメニューの名前【あなたとはこれで終わり】【あなたにずっと付いて行きます】【無回答】ってあるのに、私が選ぶ事が判ってたみたいに【あなたにずっと付いて行きます】にセロテープで指輪を貼ってあるんだもの。それにこの指輪、安っぽすぎ。」
指輪が安っぽすぎ・・・・・・言うべきか、それとも言わないでおくか。
「オレは学生だ。高価な指輪を買う資金もない。これは、お袋が『スンリに好きな人が出来たら渡して貰おうと思って用意していた』と言って、今回の旅行に行く話をした時にくれたんだ。」
口から出た言葉は戻す事は出来ない。
一言言い過ぎるのはどうも父に似ているかもしれない。
ソラは手で口を覆うと、机の上に置き去りにされたメニューボードが寂しげに開かれていた。
「お袋は婚約時代もなかったから、婚約指輪も親父から貰っていないんだ。結婚指輪と誕生日に親父に買っても羅った指輪しか持っていないけど、オレが結婚したい女の子には自分が選んだ指輪を上げたいって。」
ソラは自分の事をスンリの母に好かれていないとずっと思っていた。
昔の経緯を知らない時は、スンリの家に行っても視線も合わせないでいる事が、本当は悲しかったけど、我慢をして笑顔を作っていた。
母から、スンリの父と一時婚約していた事を聞かされた時は、視線を合わせない意味をようやく知ったが、それなのに自分の為に指輪を用意してくれていた事を知り『安っぽい』と言った事を後悔した。
「スンリ、ごめんなさい。私のママは、いつも高価な宝飾品をいくつも持っていたし身につけていたから・・・・つい・・・・」
「いいよ。どっちにしても、うちのお袋は仕事の関係で結婚指輪しかしないし、あまり興味もないから。」
メニューボードから指輪を外して、ソラの指にはめた。
「ちなみにこのメニューもお袋が徹夜して作った。」
ところどころ書き間違えたのか、文字の上から紙が貼ってあるのが何か所かあった。
「いい人なんだね、スンリのお母さんは。」
「そりゃぁね、オレの初恋の人だから。そうそう・・・・・うちの男はみんなお袋が初恋なんだ。親父もそうだけどスンスクもスンギもスングもな・・・・ウンジョおじさんもお袋が初恋の相手なんだ。」
家族全員がスンリの母が初恋の人だと聞いて、なんだか家族の幸せが伝わってくるような不思議な気持ちだった。
「という事で、食事をしたら帰るぞ。」
「え~~~もう一晩、この幸せに浸りたいのに・・・・・・・・」
ソラの明るくて大きな声で、食事をしている人たちが二人の方を振り向いた。
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