明日はまだ何もない明日(スンミ) 2
まだ誰もいない稽古場。
受験生とはいえ、スンミは行く大学も決まり特に受験勉強をする必要もなかった。
レッスン用のバレエシューズを履いて、バーに掴まり柔軟をするのも一人。
みんなはあっさりとバレエを辞めてしまったけれど、私は辞める事はしなかった。
先生に指導者にならないかと言われて、両親にも相談しないで決めてしまった。
結果的には、スンミに任せるとアッパが言ってくれたけど、事後報告をしたのはこの事が初めて。
いつも、アッパと恩間に聞かないと何も決められなかった。
小さい頃から身体が弱いから、二人とも私の小さな変化も見逃さないようにしていた。
オンマは特に何も言わないけど、アッパはスンミが一番可愛いのよねと言って、アッパが決めた事には何でもそれに従う。
トゥパッドを当ててトゥシューズを履くと、気持ちが引き締まり一曲躍りたくなる。
足のポジションの確認をしながら、手のポジションも確認して背中をグッと反らす。
プリエをしっかりとして床を押すようにしてアッサンブレ。
先生に言われた通りに出来れば一番いいのだけれど、私はほかの人のように体力が続かない。
何度もスンミはアッサンブレの練習をしている。
まだ、小さい子たちはここにはレッスンに来ない。
____パチパチ・・・・
拍手の音で振り返ると、先生が優しい目でスンミを見ていた。
「スンミはいつもしっかりと基本をしているから、安心して見ていられるよ。」
スンミは練習を止めないで、いつ戻りに身体をほぐしていた。
「ほら、もう少し指先を天に伸ばすように・・・・・・」
先生の右手がスンミの右手を上に伸ばすようにし、左手は腰をしっかりと支えてくれる。
スンミの心臓の鼓動は、支えている先生に聞こえそうだ。
先生・・・・・・先生が好き・・・・・・・・・
ずっと、心の奥にしまっておいた感情。
先生は、私のアッパと同じくらいの年齢。
どこも似ている所はないけれど、最初はアッパと違う雰囲気に戸惑っていたけれど、中学生になった頃から先生を先生以上に好意を持って見ていた。
上手く踊れば先生が褒めてくれる。
褒めてほしいから言われた通りに躍る。
先生は公平に生徒たちを見ていてくれるのは判っているけれど、あの時をきっかけにその想いが変わっていた。
あれは、発表会前の最後の練習。
ソリストを目指すのなら、フェッテ※くらいは出来て当たり前。
「スンミのフェッテは綺麗に出来るわね。」
同じ頃から習い始めたジヨンは小休止の時に、私の側に来てそう言った。
「綺麗に出来ても、私は体力がないから次のパートにつなげるのはスムーズじゃなくて・・・・・・・」
いけない・・・・・・また眩暈が・・・・・・・
冷たくて嫌な汗が流れたと思うと、目の前が真っ暗になった。
遠くで聞こえるジヨンが私を呼ぶ声と、先生を呼んでくれる声。
そのまま、スンミは意識を無くして行った。
どれくらいの時間そうしていたのかは判らないけれど、私は身体が温かい感じがして目を覚ました。
「ここは・・・・・・」
「気が付いた?」
声の方を見ると、先生が私の顔を覗きこんでいた。
「うん、顔色もよくなったし・・・・・もうすぐ君のお母さんが迎えに来てくれるよ。」
そうだ、フェッテを練習していて眩暈がしたんだった。
「発表会前にみんなはダイエットをするけど、スンミはもう少し食べて体力を付けないといけないね。君は才能もあるし、他の生徒は辞めてしまうけど、残ってソリストを目指してみないか?」
ソリスト・・・・・・バレリーナを志す人たちの目標は、ソリストとして躍ること。
「先生・・・・無理です・・・・・一曲を踊ることが出来ないのに、ソリストを目指すなんて。」
先生の長い指が、スンミのおでこにかかる髪の毛をそっと掃った。
「大丈夫。先生がパワーを上げるよ。」
先生はスンミのおでこに優しくて温かなキスをした。
母親であるハニや父親であるスンジョから貰うキスとは違う、不思議なものが胸の奥から熱く溢れて来た。
※ フェッテ・・・鞭を打つの意味。片足を片足で打ち叩く様な動き
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