明日はまだ何もない明日(スンミ) 3
「先生、これ・・・・・・」
スンミは頬をほんのり染めて包みを先生に渡した。
「何かな?」
「お守りです・・・・・・」
「お守り?」
「明日からのカナダ公演が成功しますように。そして、先生が無事に帰国できますように・・・・そう願って一針一針祈りながら肩掛けを作りました。」
スンミもバレエ教室の卒業のカナダ公演に参加をしたかった。
それは先生が好きだからではなく、ずっと一緒に練習をして来たみんなとの思い出が作りたかったから。
でも、身体が弱いスンミが海外に行くためには、医師である父の判断とそれに同伴する看護師が必要だったから、そこまでして行くには他の人たちに迷惑をかけてしまうから諦めるしかなかった。
勿論、スンミの看護師は母で発表会に出る時にはいつも同行しているが、さすが海外となるととても同行が出来ない。
スンミの下にはまだ幼いスングやスアがいる。
祖母のグミは『双子たちは任せて行ってらっしゃい』と言う事は判っていたが、そこまでして付いて来てもらう事はスンミは頼めなかった。
もう一つスンミがカナダに行きたかったのは、大好きな「赤毛のアン」の国だから。
幼い頃から身体の弱かったスンミはよく本を読んでいた。
特に「赤毛のアン」は全シリーズを何度も読み返すくらいに好きだ。
私もアンのように努力して強い人間になりたい。
それをいつも思っていた。
身体が弱く、他の兄弟に比べれば華奢で、今にも折れてしまいそうなくらいに細い。
姉のように活発でもなく、兄のように沢山の友人もなく、一つ年下のスンスクのように人を幸せにする温かい雰囲気もない。
小学生のスンギは、祖父の店に行っては『スンミ姉さんが元気になる食事』を色々と考えている。
双子のスングとスアにさえ『スンミお姉さんが病気にならないように、神様に毎日お祈りをしている』と心配をかける。
他の友達のように彼氏とのデートを夢見て、一度だけ父に内緒で男の子とデートをした事がある。
その時に言われた言葉が、スンミには凄くショックだった。
「美人で細くて人形みたいで、見ているのはいいけど、一緒に歩くと壊れてしまいそうで怖い。」
何かあればすぐに熱を出し、そのたびに父に点滴を打ってもらう。
いつになったら丈夫になれるのか、悩んだ事があった。
そんな時に祖母の部屋の書棚にあった『赤毛のアン』の本を見つけた。
全シリーズを読破したスンミは、いつかは好きな人とカナダに行きたい。
そう思っていた。
「スンミ、ご飯はもういいの?」
小学校低学年の双子たちよりも食べる量が少ない。
「ごめんなさい、オンマ・・・・・もう食べられない。」
窓の外を眺めると、青い空に飛行機が飛んでいた。
「スンミもカナダに行きたかったんでしょ?」
「いいの・・・・・無理だし、向こうで熱が出たりしたら困るから。」
カナダ公演の練習はした。
短いソロパートを任されていた。
この講演が終わったら、スンミ以外は受験勉強に専念し、スンミは指導員としての勉強をする。
今日、先生たちは帰国したんだ。
カナダ公演・・・・成功したって、先生からメールが来ていた。
講演で着るはずだったチュチュは、結局は作っただけ。
チュチュを眺めていると、玄関のインターフォンが鳴った。
そうだった、今日はこの家には誰もいない。
スンミは、リビングに降りて行きモニター画面で訪問者を確認した。
___________________ 先生・・・・
「すぐに行きます!」
<慌てなくていいよ>
慌てなくていいと言われても、公演の事を聞きたかったし、先生の顔を間近で見たかった。
「先生・・・・・お帰りなさい・・・」
「ただいま。スンミにプレゼントを渡したくて、空港から直接来たよ。」
「中に入ってください・・・・誰もいないから、お茶しか出せませんが。」
「誰もいないのに、入れないよ。ここでいいから。」
先生は、若い女の子が一人でいる家に入る事は世間を気にして断った。
「怒られちゃいます。うちは祖母からの教えで、訪問してくださった方を門で返してはいけないと育ったので・・・どうぞ・・・入ってください。」
「それじゃ・・・・・・少しだけ・・・写真もあるから、みんながスンミの為にと写してくれたんだよ。」
そうあの時、先生を家の中に入れなければ私の想いを先生に知られる事はなかった。
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