明日はまだ何もない明日(スンミ) 42
ヒョンジャとスンリは、静養所の畑の畝を挟んで同じ方向に歩いていた。
都会育ちの二人には、この畑にいる事は新鮮で珍しい事でもあった。
ヒョンジャは兎も角、スンリにしたら畑の畝を歩く事に慣れていないから、時々前に躓いたりふら付いたりしていた。
「本当に何もなかったのか?お前とオレの大切な妹と。」
“大切な妹” という部分だけに力を入れて幾分大きな声でスンリは聞いて来た。
「何が言いたいんだよ。」
ムッとしているヒョンジャをスンリはからかうようにニヤニヤと笑っていた。
「所長から聞いたぞ。施設内でここ数日の間に熱を出したのは二人だけだと。」
それまで普通に躓く事なく畝を歩いていたヒョンジャが、何もないのに躓いてよろめいた。
「二人しかいないのならウイルス性でもない証拠だ。」
どこまでこの親友は親友をからかうのか。
どれだけこの親友は親友からの問いに耐えられるのだろうか。
「最初に熱を出したのは、職員だと聞いた。その職員の熱が下がると同時に、オレの大切な妹が熱を出した。余程狭い空間に一緒にいたんだろうなぁ~。オレの大切な妹は身体が弱いから、普通の人間なら移らない病気でも簡単に移ってしまうからなぁ~」
スンリに背中を向けて歩いているヒョンジャの大きな背中が、いつもはスッと伸びて大きいが、今日は小さく丸くなっている。
可哀想なくらいに大きな身体を小さくしている親友をこれ以上弄るのを止めようと思っているが、ファン・グミの孫でありペク・スンハの弟だと言う事がそれを止めさせようというブレーキが効き難かった。
「一緒にいたよ。ただそれだけだと言っても、お前は信じられないだろ?お前の大切な妹がオレの看病をしてくれたんだ。」
「スンミが?いつも看病される側でした事のないスンミが?」
「ああ、そうだよ。それでいいか?」
それ以上言う気は無かった。
言えばスンミがこの兄から根掘り葉掘り聞きだされるだろうから。
「まっ、スンミの傷心を癒したのだから、キスの一つや二つどころかそれ以上のお礼をさせてもいいけどな。」
「余計な!そんな事を話しに来たわけじゃないだろう。」
「本当に礼を言いたいよ。」
さっきと打って変わっていつになく真面目な顔で言うスンリに、ヒョンジャは戸惑った。
「スンミはさ、気にしているんだ。兄弟の中で自分の身体が弱い分、両親を独り占めしているって。一番下の双子はスンハの子供と一緒に、ばあちゃんに面倒見てもらっている事が多くて『きっと母親に抱いて欲しいのを我慢しているんだろうな』ってさ・・・いつも思ってたんだよ。」
「そんな事を気にしていたんだ。」
「友達はいるにはいるが、みんな敬遠するんだよな。ハンダイ一族でパラン大医学部教授の姪と言う事で、表面だけの付き合いしかしない。例の男は、スンミを通してお袋の事を思っていたんだ。まぁ・・これはいつかスンミから直接聞け。オレが言いたいのは、友達にしろ家族にしろと強制はしないが、家族はスンミを傷つけないようにと真綿に包んだようにしか接していないから、お前みたいに白黒はっきりさせる相手と仲良くしてほしいんだ。お前はオレの親友だから安心して妹を任せられるし、スンミの事が好きならそれに越した事はない。」
ヒョンジャが振り向くと、スンリは手を差し出して握手を求めて来た。
「判ったよ。オレさ、スンミに告白したよ。」
「そうか?それでどうだった?」
「振られたよ。振られたから、情けないが酒を飲んで酔っ払って池に落ちた。濡れた身体で、外で寝ちまったから、朝起きたら熱が出たんだ。」
振られた・・・・か、スンミはそう簡単に病気の男の看病なんてしないぞ。
ここは『スンハの出番だ・・』としたいが、スンハも二人目が出来たから、オレが一肌脱ぐか。
この意外と奥手なヒョンジャと大切な妹が幸せになる事に。
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