明日はまだ何もない明日(スンミ) 80
おばあさんは、スンミの顔を見て何度も瞬きをしては目をこすっていた。
「あっらまぁ~私ったら目が変になったかね・・・それともボケちまったか・・・・昔、一週間だけ住み込みで働いた娘によく似ているよ。」
「スンリの妹だよ。」
「あっらぁ~まぁ~スンリの妹ぉ~・・・と言う事は、ハニちゃんの娘かぃ?」
訳の分からない顔でスンミはヒョンジャの顔を見た。
「初めてスンリと来た時に、今みたいにおばあさんが驚いたんだ。スンリも初めて来たのに、どうしてそんなに驚くのかと聞いたら、お前の両親が結婚する前の話で、一週間だけお前のお母さんがここで住み込みのバイトをしていたらしい。」
とても綺麗とは言えない店内。
壁も床も机も何もかもがきちんと掃除はされているが、その店の歴史を感じさせる。
「明るくていい娘だったよ。元気が良くて、はきはきとして・・・料理人の娘だと言ってたけど、からっきし料理は出来なくてねぇ~味噌チゲは家の自慢だけど、まぁまぁ~辛くってねぇ~味噌の量の測り方から教えてあげたよ。でも、よく似ているよ。スンリはお父さんに似ているし、ヒョンジャの婚約者はお母さんに似て・・・・・結婚してから一度だけ挨拶に来たけど、こんなに大きな娘さんがいるなんて、私も歳を取ったもんだ・・・」
おばあさんはスンミを見て涙ぐみながら、張り切って自慢の味噌チゲを作ってくれた。
スンミの知らない両親の思い出の場所。
ヒョンジャがここに連れて来てくれたのは、その事を教えてくれるためと、おばあさんと話している内容を聞くと、スンリが大学時代にソラと婚約した時に、ヒョンジャにも婚約者が出来たら教えるという約束をしたから。
おばあさんの作った味噌チゲは、母の作った味噌チゲとはちょっとだけ似ていた。
「あ~ぁ、上手かった・・・・スンミの分もくれよ。」
「お嬢さんには口に合わなかったかな?」
「いえ・・違います。私、食が細くてあまり食べられなくて・・・すみません、とっても美味しいです。」
そんな事を言っても嫌な顔をしないで、スンミの顔をただニコニコと笑って見ていた。
「たくさん食べないと、元気な赤ちゃんが生めないよ。少しずつ食べる量を増やして行くんだよ。」
「おばあちゃん、オレは医者だよ。オレがちゃんと見ているから安心してくれよ。」
ヒョンジャの知らない部分だけじゃなく、両親と兄の知らない部分もスンミは知れた事が嬉しかった。
店を出ると、おばあさんは『また来てね』と言って、いつまでも手を振っていた。
「お腹がいっぱいになっちゃった。」
「オレの半分も食べてないじゃないか。少しずつでいいから、本当におばあさんが言ったように食べる量を増やして行くんだぞ。」
公園通りからバレエ教室までは、大学に入ってからはバスで行くか、サンと待ち合わせて一緒に行っていた。
こうして木の影を通りながら歩いて行くと、気分がウキウキとしてくるのは外の空気の所為だけではない。
初めて自分だけを好きになってくれた人が、手を離さないようにしっかりと繋いでくれているから。
味噌チゲの店から、バレエ教室までは歩いて15分くらい。
数ヶ月来なかっただけの場所なのに、建物が見えた時は随分と時間が経ったような気がした。
「ここ・・・・ここがそうなの。いつもね・・・・私は裏口から入って・・・・誰にも見られない様に、先生がいる倉庫兼休憩室にエレベーターで上がって行っていたの・・・・・・」
繋いだ手が冷たく感じるほど、スンミは今にも倒れそうな顔をしていた。
ヒョンジャはそんなスンミを勇気づける様に、ギュッと握り返した。
「キム先生・・・・・・」
「大丈夫だ。オレが付いているから、ちゃんとオレが言うから・・・スンミの婚約者だと。だから、何も心配しなくていいから、正面から堂々と入って行こう。」
いつもは裏口から隠れる様にして教室の建物の中に入って行ったが、母や祖母に連れて来て貰っていた頃の様に正面の自動ドアの前に立った。
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