あなたに逢いたくて 7
会社の表玄関の車寄せに車が停まりドアを開けてスンジョが車から降りると、スチャンの秘書のコン・サンが待っていた。
「スンジョさん、お待ちしていました。こちらに居りますのが開発部室長のチャン・ホンドンです。」
「スンジョです。会社の事は何も知りませんが、よろしくお願いします。早速ですが、父のデスクに案内してください。」
緊張もあったがスンジョは表情も変えずに、室長と秘書に付いて社長室に向かった。
社長室は、開発室の奥の一角にガラスの仕切りで囲われていた。
開発室に入ると、社員が初めて見るハンダイ社長の自慢の息子のスンジョの動きに視線を注いでいた。
「突然の事に社員のみなさんに、大変ご心配おかけいたします。まだ、父と話が出来る状態ではありませんが、社員の皆さんの生活に支障が起きることは絶対にありませんのでご安心ください。」
深々と頭を下げて、社長室に入って行った。
父スチャンの机は膨大な量の資料が、手つかずの状態で雑然と置かれていた。
そこから社員の方を見ると、書類がバラバラの状態で置かれ、スナック菓子を食べながら雑談を交えて仕事をしているようだった。
ガラス張りの向こうで、スナック菓子をつまみ、笑いながら仕事をしている社員と、散らかった机が見えると、社長の父が会社では孤独だったような気がした。
「スンジョさん、今開発中のゲームの資料です。最終案ですのでかなり事細かく書いてあります。一通り目を通していただけますか?」
「判りました。財務の資料と社員の皆さんのプロフィール帳を持って来てください。」
「それでは、明日の朝に用意いたします。」
「いえ、一時間後に持って来てください。出来るだけ早く社員の人の名前と顔を覚えたいので。」
室長が社長室を出る前に開発中のゲームの資料を見始めた。
女性社員が噂話をしながら、スンジョの端正な顔に羨望の眼差しを向けていた。
誰が、休憩のお茶を持って行くのかを、ジャンケンをしていることなどスンジョは知らなかった。
<コンコン>
「どうぞ・・・・・・」
「スンジョさん・・・・慣れないことでお疲れでしょう?コーヒーをお持ちいたしました。」
「・・・・・ありがとうございます・・・・・」
一度もコーヒーを持って来た女子社員の方に目を向けないスンジョを、ちらちらと見ながら様子を伺っていた。
「何か?」
「スンジョさん・・・恋人とかいらっしゃいますか?」
女子社員の方に顔を向けて冷たい視線を向け答えた。
「仕事に必要のない、プライベートな質問には答えられません。コーヒーありがとうございます。資料に目を通したいので、特に用がなければ下がっていただけますか?」
自分の事にまったく興味を持ってくれなかったことにふてくされた女性社員は、真っ赤な顔をして社長室を出て行った。
開発中のゲームの資料を読み終わると、室長に頼んだ物が来るまでスンジョは父の机の中や、上に置いてある資料を見ていた。
親父・・・・・・毎日毎日この膨大な仕事の資料を見ていたんだ。
そんな事も知らずに、家ではお袋の話やウンジョの相手を何も言わないで笑ってしていた。
親父の気持ちを知らずに随分とオレは酷い事を言い過ぎた。
<親父の会社に興味がない>なんて。
オレには出来ない、親父のように会社でどんなに辛いことがあっても決して家族にはそんな様子を見せないなんて言うことは。
自分の夢が医者になるということかもしれないが、親父の夢は何だったんだろう。
長男のオレにこの会社を残すために、身体を壊しても守って来ていた。
それさえも気が付いていなかったし、会社の様子を聞いた事も無かった。
大学生になったのだから、親の事をもう少し気遣っていればよかった。
いつごろからだろう、ちゃんと親父と向かい合って話をしたことがなかったな。
親父の体調が良くなったら、すこしゆっくり話をしてみよう。
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