スンスクの春恋(スンスク) 67
ミラはほとんど寝たきりで、瞳の動きだけでしか会話が出来ない。
机を置く位置からもミラの顔が見えるようにして、どんなわずかな表情も判るようにした。
この部屋にミレのベッドとフィマンのベビーベッドを置いたからとても狭くて、それがかえってミラの命を少し長くしているのかもしれない。
「ぅ・・・ぅ・・・」
「どうした?はは・・・ミレは明日からの幼稚園が楽しみみたいだ。幼稚園の服を着たまま眠っているよ。」
そう、フィマンが生まれてから半年が過ぎた。
病気が発症してから5年半。
お母さんは、あと10年でも20年でも生きられる、なんて言っているけどそれは無理だよ。
でも、お父さんは驚いていた。
「スンスクの愛のお蔭だ。」
お父さんらしくない言葉だけど、本心から言っている事が判る。
「ぅ・・・・・・ぅ・・・・・ぅ・・・・」
「ゴメン、もう終わるよ。明日は、僕とおばあちゃんがミレの幼稚園の入園式に行くよ。おばあちゃんがすぐに動画を送ってくれるはずだよ。」
スンスクはサッとパジャマに着替えて、ミラにお休みのキスをして隣のベッドに入った。
それでも、ミラが眠った事が判るまで、ずっと起きている。
「オンマ、今日から幼稚園だよ。行って来ます。」
ミレがミラのベッドによじ登って『行って来ますのキス』をして、ダイニングに朝食を食べるために部屋を出て行った。
その後ろ姿を見ている目から涙が流れた。
僕はその姿に、ミラにもう時間がない事を実感した。
部屋のドアを開けると、僕と入れ替わりにミラのお母さんが部屋に入って来てくれた。
「スンスク、行ってらっしゃい。ハニさんと一緒にミラを見ているから、ミレの事を電話で報告してね。」
「あの・・・・・・・ミラを・・・お願いします。」
ここ数日ミラのお母さんも毎日来てくれる。
夕方にはミラのお父さんも様子を見に来ては、意識が弱くなっているミラに話をしていてくれる。
家族みんなが判っている。
もうミラに時間が本当に無い事を。
「さぁ、今日からみんなはパラン幼稚園のお友達と一緒に先生と仲良く遊びましょうね。」
園長先生の挨拶に、ミレは元気良く手を挙げていた。
開け放たれていた窓から、桜の花びらがひらひらと舞いながら飛んで来て、ミレの綺麗に結われているお団子に落ちた。
「まっ・・・ハニちゃんが作ったお団子に桜の花びらが落ちたわ。ミラも一緒に来たみたい。」
おばあちゃんがそう言う少し前、そう・・花びらが窓から入った時に僕は判った。
ミラが、僕の傍からいなくなったと。
「スンスク、電話が鳴っていない?」
おばあちゃんは、そう言って僕の顔を見た時に、頬を流れている涙でミラが逝ってしまった事に気が付いた。
「ほら、ミレとフィマン、オンマに報告しないと。」
「はい、オンマ・・・ミレは今日から小学生だよ。」
「オンマ、フィマンは幼稚園だよ。」
二人は小さな手を合わせて、応える事のない母のお墓に手を合わせた。
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