スンスクの春恋(スンスク) 68
「先生、さようなら~」
「さようなら」
人前で話をする事が苦手だった僕が、40名近い生徒の前で教鞭をとる事が信じられない。
これもミラのお蔭だ。
挨拶をして教室を出て行った生徒の話声が、まだ教室内の教卓にいるスンスクに聞こえた。
「ペク先生って・・・あんなに若いのに結婚していたのよね。」
「うんうん、聞いた話だけど、先生の奥さんはもうだいぶ前に病気で亡くなったって。」
「知ってる。教卓の上に授業が始まるとさりげなく写真盾を出しているのよね。職員室の机にも置いてあったよ。」
「いい先生だよね。優しいし・・・・意外とカッコいいし・・・何よりも亡くなっても奥さん一筋で。」
恥ずかしかった。
生徒にそんな風に見られていたなんて。
ただ僕はミラが実現できなかった夢を一つ叶える事を手伝っているだけ。
廊下を歩く生徒が、笑顔で挨拶をする。
それが僕を通り越してミラにしているように見える。
「先生、ちょっとよろしいですか?」
「はい。」
教頭先生が、話があると言って職員室の片隅にある椅子に案内された。
大体話は見当がついている。
「そろそろ再婚を考えられては・・・・・ペク先生の家柄とぴったりのお嬢さんが見えて、先生のお子さんの事も承知で・・・・」
「すみません、教頭先生にはいつもお世話になっていますが、僕は再婚はしませんので・・・・すみません。」
「ふぅーっ、お母様と先日病院でお会いした時も心配なさっていましたよ。まだ27歳と若いのですから・・・・」
僕はそれ以上話したくなく黙って頭を下げて、自分の机に戻った。
判っている。
ミレとフィマンの事を知っていると言っても、有名なペク家というブランドと関わりたい事を。
僕にとったら、ミラ以外の人は考えられない。
たとえ似ている人でも、それはミラではないから。
お父さんがお母さん以外に興味がないのと同じで、僕は生涯ミラだけしか愛せない。
たった5年しか結婚生活が出来なかったけど、その5年が100年と同じくらいに幸せだった。
夕方こうして僕の仕事が終わるまで、パラン幼稚園で僕を待っているフィマンと、小学校から幼稚園の敷地まで来て弟と遊んでいるミレがミラの命を引き継いでいるから、この子たちの成長を見届ける。
「あっ!バァバだ。」
車を自宅前に停めると、いつもお母さんはミレとフィマンを迎え入れてくれる。
「お帰り!あっスンスク、お父さんが書斎に来るようにって。話があるみたい。」
これも判っている、お父さんもお母さんも僕が再婚してほしいから、最近お父さんの書斎に行くように言っている事を。
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