スンスクの春恋(スンスク) 71
ミレは祖母ハニに髪の毛を可愛らしく結ってもらい嬉しそうにしていた。
「ほら、リボンも付けたよ。アッパに見せてらっしゃい。フィマン・・・フィマンはこっちにおいで。」
新しい外出着に着替えたミレは、ミラの残したドレッサースツールからポンと飛び降りてスンスクの傍まで走って行った。
「バァバ、どこに行くの?」
「アッパと大切な人に会いに行くのよ。」
「大切な人?」
ハニはフィマンに何も言わずただ笑った。
「アッパ、ここでご飯を食べるの?」
ミレは父が何かいつもと違う事に気が付いていたが、まだ幼いフィマンは三人での食事を楽しみだった。
「あっ!この間のお姉さんだ。」
フィマンはこの間、ミラの母が連れて来た女性を見つけて、嬉しそうに大きな声で呼んだ。
スンスクは女性と目が合うと、緊張しながら立ち上がって挨拶をした。
「お招きありがとうございます。」
「いえ・・こちらこそ先日は申し訳ありませんでした。娘のミレと息子のフィマンです。」
「こんにちわ・・・・覚えているよね?私は、キム・ソヨンよ、よろしくね。」
母親を知らないフィマンは、ソヨンの顔を嬉しそうに見ていたが、ミレは悲しそうにしていた。
「フィマン、ミレとブランコで遊んでおいで。」
スンスクはミラ以外の女性と歩く事に緊張をしていたが、どうしても伝えたい事があった。
それは子供たちの耳に入れたくはなかった。
「いい子たちですね。何度か会ったのですけど、また会う事が出来てうれしいです。」
「ソヨンさんに話しておいた方がいいと思って・・・・・・こちらに座りませんか?」
母以外の女性と話すのは苦手だった。
ミラと出会ってからは、初めて笑ったりふざけたりした事も、一度だけだが喧嘩もした事もあったが、それもミラだからだった。
この先も母とミラ以外に、僕の気持ちを判ってくれる人は出来るのだろうか。
「ミラと僕は高校の時に出会いました。僕は高校三年生で、ミラは大学四年で教育課程を取っていました。教育実習で一生懸命に教えている姿を見て好きになったのです。ミラは教育実習期間に倒れて発病しました。三年から五年の命。当時婚約していた人と別れ絶望している姿を見て、僕がミラの夢を叶えてあげようと思いました。」
「大体の経緯(いきさつ)は教えて頂いてます。」
「そうですか・・・・僕はミラ以外の女性と付き合った事はありません。今日お会いしたのは、僕の気持ちを言いたくて、お義母さんにお願いしました。ミラの夢は結婚して母親になる事、最初はミレだけの予定でしたが、自分がいなくなった時に僕が悲しまないように、自分と似たミレと僕と似た男の子と三人で笑っていて欲しい・・・・・それが夢というか遺言でした。フィマンは母親の温もりを知りません。子供の為に再婚しても、僕はミラを忘れる事が出来ないしミラ以外を愛せません。そんな未練の男と結婚しても幸せになれないです。ソヨンさんは若いのでもっと素敵な人とご結婚なさってください。」
「スンスクさん・・・・・奥さんと死別の男性(ひと)との再婚は大変だと思いますが、私・・・・実はミラさんが結婚する前に遊びに行ってスンスクさんの話を聞いていたので、亡くなってからミラさんの実家に遊びに来ていたお子さんと会った事があるのです。その時とても可愛いこの子たちのお母さんになりたいと思ったのです。」
でも僕にはミラ以外の人が二人の子供の母親になる事は考えられない。
満開の桜の花が散る下で、花びらを拾っては撒いている二人の姿を、どこかでミラが見ているように思う。
ミレの幼稚園の入園式の時にも花びらが一枚ミレの結い上げたお団子に落ちて来た。
桜の花はミラの笑っている顔の様で、僕にはそこにミラがいて笑いながら子供たちと遊んでいるように見える。
「ミレ、フィマン、おいで。」
二人はスンスクに呼ばれて、下に落ちている花びらを抱えるだけ抱えて持って来た。
「い~ち・にぃ~のさんっ!オンマだよぉ~」
教えた事などなかったが、いつもこの時期に桜の花びらを見ると二人の子供はオンマという。
フワッと撒かれた花びらを被ると、ミラの香りがしてくる気がする。
「ソヨンさん」
ミレとフィマンが並んでソヨンの前で立った。
「なぁに?」
「あのね、私達オンマは一人だけなの。だからソヨンさんはお姉さんと呼んでいい?」
子供たちにもスンスクの気持ちが伝わっていたのだろうか。
ソヨンは二人の子供たちを抱き寄せて優しく答えた。
「もう会う事はないから・・・・・」
「どうして?ぼくね、お姉さん好きだよ。」
まだ小さいフィマンは、小さな手でソヨンの頬を触った。
「二人のアッパといるとオンマが困るから。」
ソヨンはそう言うと、二人を身体から離してスンスクに頭を下げて歩いて行った。
子供たちが蒔いた桜の花びらがフワッと上がって三人を包み込むように舞い上がった。
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