あなたに逢いたくて 10
仕事の役割分担を室長と考えていたら、いつの間にか退社時刻を大きく過ぎていた。
守衛が施錠の確認をしに開発室まで来て、22時を過ぎている事に気が付いた。
「社長代理、コンさんまだお時間はかかりますか?」
「そんな時間ですか?スンジョさん、また明日にしませんか?あまり根を詰め過ぎては、社長の二の舞になり倒れられたら会社が動かなくなります。」
「大丈夫ですよ。コンさんも、私を気遣って無理をしないでくださいね。」
ふたりは書類を纏めて、社長室の入り口の施錠をして開発室を後にした。
「スンジョさん、お疲れ様でした。」
「室長も、長時間ありがとうございます。」
机の周辺を片付けている時に、親父はいつも帰宅がもっと遅かったと思った。
「社長は、社員たちが家庭で寛げるようにと、ビル全体のセキュリティチェックもお一人でやって見えました。そういった心遣いも今回の事に繋がったと思います。社長の下で働く人間として、私達従業員は随分と甘えていました。」
「経理に相談して、セキュリティは専門の会社に依頼しましょう。きっと父は会社を大きくすることばかりで、専門の会社に依頼することを気づかなかったと思います。その辺りは明日また考えて、社長や役員と社員も含めて早く帰宅出来るようにしましょう。」
会社の車で家に送ってもらい、運転手と挨拶をして外灯の点いている門を開けてポーチまで歩くと、ギドンがドアノブに手を掛けるところだった。
「おじさん、今帰りですか?今日は早いですね。」
「ああスンジョ君、君も今帰りかね。今日の分の食材を使い切ったからね。ところで、スチャン・・・お父さんの具合はどうかね、見舞いに行こうと思っているんだけど。」
「お気遣いありがとうございます。少し良くなって来たのですけど、まだしばらく入院になりそうです。」
スンジョはギドンと顔を合わせるのが何だか気が引けた。
玄関で話している声がリビングまで聞こえたのか、ハニが勢いよくドアを開けた。
「お帰り、スンジョ君。あっパパも帰ったの?」
「こいつ、親に気付くのが遅いぞ。」
何も知らないハニとギドンの明るい会話が、これからスンジョの話さなければいけない事を考えると気が重くなった。
「パパも、ご飯食べる?こんなに早く帰るとは思っていなかったから、スンジョ君の分は作ってあるんだけど・・・・」
「ああ、店で食べたからいらないよ。スンジョ君悪いね、先に休ませてもらうよ。」
「あっ・・・・おじさん、話があるんですけど、少しだけ時間を貰えますか?」
「いいよ。でも、着替えてくるから、食事がまだならご飯を食べなさい。」
ギドンはスンジョの考え込むような表情を見て、言いにくい事をこれから話すのではないだろうかと思った。
時計は11時を指していた。
ウンジョはいつも8時には眠るから、ハニはひとりでスンジョを待って起きていた。
相変わらずお気に入りのタレントが載った本を、グミもいない独りの時間の退屈しのぎに何冊も広げて起きていたのか、雑誌が散乱していた。
スンジョが食事をしている間に、ハニはリビングのソファーの上の雑誌を片付け、簡単な掃除をしながら待っていた。
「スンジョ君、話って何?おじさんが良くないの?」
「・・・・・いや・・・・」
元々口数の少ないスンジョが更に口が重くなっていた。
スンジョとリビングのソファーで座ると、ハニがお茶をテーブルに静かに置いた。
「ハニも座って。」
そう言ったきり暫く沈黙が続いた。
「おじさん、ハニ・・・・・・この間、大学を出たら結婚したいと話したことについてですけど・・・・・・」
「おじさんの具合が悪くて、結婚が遅くなってもいいよ。私はスンジョ君が好きだから、おじさんが良くなるまで待っているよ。」
ハニの言葉が、ユン会長のお見合いを受けた事で、騙して結婚の約束をしたようで、ハニのその笑顔があまりにも純粋で胸に突き刺さるようだった。
明るく言うハニの顔を見ることが出来なかった。
「そうじゃない・・・・・実は、初めて資料を見たら、会社の経営状態が思っていた以上に良くなくて・・・・・・今日、多額融資してくれるオリエンタル銀行の頭取と会った・・・・・・頭取は、オレを気に入ってくれて・・・・・。」
チラッとハニのほうを見ると、目をキラキラと輝かせてスンジョを見ていた。
「オレを気に入ってくれて・・・・・多額融資をする条件では無いけど、自分の孫娘との見合いを望んでいるんだ。」
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