スンスクの春恋(スンスク) 83
「ペク先生、今年の一年生はどうですか?」
高校一年とはいえ、1クラスは入学・進学初日から席順を決める為に、実力テストをする事は決まっていた。
「今年の一年は、国語力は弱くなっていますね。」
教頭は採点しているスンスクの傍に近づくと、採点済みの答案用紙を手にした。
「ペク先生の指導は、父兄方にも信頼されていますからね。」
「ありがとうございます。」
教頭が何かを言いたそうにしている気配で、スンスクは採点をしている手を止めた。
「何か・・・・・」
「先日の中等部の父兄の事ですが・・・・・」
「はい・・・・・」
フィマンとトラブルのあった子供の父兄だとすぐに判った。
「どうやら、あれは子供が嘘を吐いたらしいですよ。ペク先生の息子さんは、一方的にその生徒を中心に数人の生徒から暴力を振るわれていたと、他の生徒が担任に話したらしいです。」
「そうですか・・・・」
「パラン高校出身の方がいましてね・・・・・・・ペク先生と奥様が結婚された事を、ちょっと話を盛って子供に話したらしいですよ。そこからまた話が、奥様が亡くなったのは息子さんの所為だと・・・・」
「違います。妻は・・・・・」
「判っていますよ。息子さんを叱らないでやってくださいね。あの年齢の男の子にしたら、両親の事を悪く言われると気持ちが揺れ動くものですから。」
教頭はそう言うとスンスクの方をポンと叩いて、自分の机の方に歩いて行った。
スンスクは教職である前に親として、自分の息子を信じないで話も聞かずに頬を平手打ちした事を後悔した。
ミラが命と引き換えに産んだ大切なフィマンを、理由も聞く事なく叱ってしまった。
フィマンの所為でミラが亡くなったわけではない事は判っているが、心のどこかでフィマンがいなければミラはもう少し生きたかもしれない言う思いがあったのかもしれないと、自分の行動に対して後悔をしていた。
「お父さん・・・・お父さん・・・・」
ミレが教頭に会釈をして職員室に入って来た。
「友達を家に連れて行ってもいい?一緒に勉強をしたいの。」
「いいけど、おばあちゃんに聞かないと。」
「電話を掛けてくれる?携帯を家に置いて来てしまったの。」
「判った。多分今日は、おばあちゃんはグミおばあちゃんと一緒に家にいると思うから、一応確認だけはしておく。」
ミレが友達を家に連れて行く事も久しぶりだ。
この数年、スアが子供を産んだ頃に父が心臓の手術をして、出来る限り静かにしてあげたいからと、ミレに友達を家に呼ばないようにさせていた。
スングが日本人の優花と結婚してからは、静か過ぎるから淋しいと母がよく言っていた。
父の体調が良くなりかけた時に、祖母のグミが体調を崩して寝込むようになった。
娘が嬉しそうに走って行く後姿を見ながら、高校生になってミラに似てきたミレを見ると、ここにミラがいたらどんなに良かったかと思った。
家で父と母が仲睦ましく座っていると、自分は叶う事ない事を判っていたのに、ミラとこんな風に過ごしたかったと最近は思う様になっていた。
机の引き出しに忍ばせてあるフォトフレームを取り出して、スンスクはこれが最初で最後の家族四人の記念写真を懐かしそうに見ていた。
ベッドの背を少し起こしてもらい、産まれたばかりのフィマンを胸の上に置き、それをミレが落ちないようにと小さな手で押さえ、スンスクは複雑な顔でこちらを向いていた。
「僕だけ笑っていない・・・・・ミラはフィマンが産まれた事が判っているのか少し微笑んでいるのに・・・・・」
いつまでも忘れる事のないあの春の日から、もう12年は経っている。
年数が過ぎてもあの春の日を思い出すから、スンスクは季節で今の時期が一番好きではない。
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