スンスクの春恋(スンスク) 86
「ただいま。」
夕方になってスンスクが帰宅をすると、見慣れない靴が玄関に並べられていた。
「誰か来ているの?」
「お姉ちゃんの友達。」
「友達?」
そう言えばミレがホン・ミラを家に呼ぶと言っていたのを思い出した。
職員会議や、入学直後のテストの成績表の作成で、すっかりと忘れていた。
スンスクとはまだ素直に話せないフィマンは、そう言うとリビングのソファーから立ち上がって、部屋に行こうとした。
「フィマン・・・・自分の部屋が欲しいか?」
「・・・・・・・」
自分だけの部屋が欲しいと言いたいが、それを素直に言い出せない。
「ミレも中学に上がった時に、自分の部屋を作ってあげたからお父さんがおじいちゃんに話してみるよ。」
「いいよ・・・・・お父さんが仕事をする時は、僕はグミおばあちゃんの部屋に行くから。」
小柄でもフィマンももう中学生。
いつまでも父と同じ部屋でいるよりも、独りの部屋を用意してあげなければいけないとは思っていた。
「スンスク、お帰り・・・・もう直ぐ夕食が出来るから着替えて来て。今日は、ミレの友達が来ているから頑張って作ったの。食べてくれるといいけど・・・・」
「大丈夫ですよ。お母さんの料理は、愛情がたくさん詰まっていますから。」
不味いとはハニの子供たちは一度も言った事がない。
見かけはよくないが、味はスンスク達が子供の頃よりはかなり良くなっている。
二階のミレの部屋のドアが開くと、楽しそうに話しながらミレはミラと一緒に降りて来た。
「あっ、お父さん、お帰りなさい。」
「先生、お邪魔しています。」
「いらっしゃい。よく来てくれたね。ミレの祖母が夕食を作ったけど食べて行ってくれる?」
「そんな・・・・・」
うちは気にしないし、そのつもりだから食べて行ってね・・・・とハニが、ダイニングテーブルに食事を並べていた。
今までも、ミレの友達が夕食を食べてた事があったが、ミラがミレと並んで話しながら食べている姿を見て、不意に高校生の時に初めて見た最愛の妻ミラを思い出した。
名前は同姓同名でも、顔は似ていないし年齢も自分の娘と同じ。
だけど、ホン・ミラのその周りの空気が懐かしくもあり、心が震えるほど悲しくもあった。
「ご馳走様でした。美味しい食事をいただいて、とても嬉しかったです。母子家庭で母が夜遅くまで仕事をして来るので、独りで食べる夕食は美味しくなくて。」
「そう?あまり料理は得意じゃなくて・・・・こんな夕食でもよかったら、また来てくださいね。」
「じゃあ、行こうか?」
「お父さん、ありがとう。ミラごめんね。夕食の片付けの手伝いをしないといけなくて。」
夕食の片付けの手伝いは、ミレとフィマンで交代でしていた。
今日はミレの手伝いの日で、夜も遅くなったからとスンスクがミラを家まで送って行く事になった。
車の後部座席に座っているホン・ミラは、俯いたり窓の外を見たりして落ち着かなかった。
スンスクは、バックミラー越しに後部座席のホン・ミラを見るが、妻と同姓同名でも似ていないし、自分の娘と同じ歳の生徒なのに、なぜか妻のミラを思い出す。
「この辺だとミレに聞いたけど・・・・」
「先生、次の信号を曲がって二本目の道で降してください。そこからはすぐなので。」
言われた通りに曲がって、二本目の道で車を停めると、スンスクは後部座席のミラの方を振り向いた。
「ここでいいの?」
「はい、この階段を上がった所なので・・・・・先生・・・・・」
「ん?」
「また遊びに行ってもいいですか?」
「いいよ、いつでも来ていいから。ミレも友達を家に呼ぶのは久しぶりだし、教師の家だと思うとみんな敬遠して来たがらないから、よく友達を呼びたいと言っていたから。」
礼儀正しく頭を下げてホン・ミラは車を降りると、階段を上がって自分の家に向かって走って行った。
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