あなたに逢いたくて 13
一晩中聞こえて来たハニの泣き声。
哀し過ぎて声に出せないけど、出さないと息が出来なくなりそうな苦しそうな心の奥から絞り出すような泣き声。
オレは、その時にようやく気が付いた。
「ハニなら判ってくれる」それはオレの勝手な思い込みだと言うことを。
それよりも、オレ自信が絶対にハニを手放したくない。
そんな気持ちが沸き上がるとは思ってもいなかった。
会社に行く為に、糊のきいたシャツを着てネクタイを締めて、スーツの上着を羽織るとまだ眠っているウンジョを起こさないように、音をたてないように部屋を出た。
ハニの部屋のドアをそっと開けると、スースーと静かな寝息が聞こえた。
いつもなら眠っているハニの頬にキスをしてくるのだけど、ハニへの思いを絶ち切るために部屋に入らずにそのままドアを閉めた。
ダイニングに行くと、買い出しに行くために早く起きたおじさんが朝食を摂っていた。
昨晩のこともあり、挨拶をするのを躊躇っていたが、おじさんが顔を上げた時に以外と冷静に話すことが出来た。
「おはようございます。今日は、早いですね。」
「ああ・・・・今日は、買い出しがあるからな。スンジョ君、いつもちゃんとした食事をしていないと思って、朝食を作ったから食べるかね?今日は、ハニはとても起きれそうもないみたいだから。」
「すみません、おじさん。」
スンジョの〈すみません〉は、ギドンが食事を用意してくれたことへのようでもあり、ハニとの結婚がなくなったことの両方でもあった。
「スンジョ君、あまり一人で抱えこむんじゃないよ。スチャンも家族に仕事の事を愚痴りもせずにいた。わしは、君やスチャンのように頭は良くないが、客商売を長いことやって来たからそれなりに役に立つと思う。ハニとの結婚は、無くなったからといってもハニが君のお母さんに実の娘のように可愛がってくれた。わしでよければ、分かる範囲の話くらいは聞くよ。」
ギドンは、食器を片付ける為に立ち上がり、通り過ぎる時にスンジョの肩を叩いた。
「一時だけど、娘婿になる青年だと思わせてくれたんだ。そんなに気にせんでくれよ。ハニとのことも、いい思い出として心の角に残しておいてくれよ。」
傷付いた娘を思うと、それだけを言うのがギドンには精一杯だった。
「何故?どうして?自分の娘と結婚しようと約束してその気にさせておいて、父親の会社が危ないからと、金のために簡単に捨てるのか?」
そう言いたい思いはあったが、親友のスチャンの息子は自分の思いを閉じ込めても、親と社員の事を思う優しい青年だ。
多数の従業員や、子会社を抱えた大会社の危機を救うためには、21歳の青年が選ぶ苦汁の選択を受け入れるしか方法が無かったのかもしれない。
親友の息子だから、憎もうと思っても憎めない、優れた頭脳を持った青年だから、その選択に間違いが無かったと思おうとしていた。
可愛い娘が愛した青年だ、人を疑うことが出来ない娘が選んだ相手だ、生涯を共にすることは叶わなかったが、彼も昨晩は眠れなかったのだろう、赤い目をしていた。
ハニのためにもスンジョ君の為にも、出来るだけこの家から早く出ないとな。
随分長い間世話になりすぎて、このままずっといられると思っていてはいけない。
ギドンは憎もうと思っても、スンジョの苦悩を思うと憎むことが出来なかった。
「おはようございます。スンジョさん。」
社長室に行くと、コン秘書が机の上に今日決済する書類を揃えて置いていた。
「おはようございます。」
「ユン会長から連絡がありまして、急ではありますが明日の18時に会食の席を設けてくださいました。会長もお忙しい方なので、明日しか都合が付きませんでした。」
コン秘書からの言葉を聞いたとき、自分の中の全てが終わったように感じた。
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