スンスクの春恋(スンスク) 92
ふたりしかいないリビングに、窓から入る風が温かく頬を通り過ぎる。
「少しは落ち着いた?」
コクンと頷くミラを見て、懐かしい思いが湧きあがって来た。
先生に会いに来たと言っていた時のミラは、居間にも倒れそうな青い顔をして震えていた。
個人的な事は何も聞かないで、本人が言うまで待った方がいいと、スンスクはだまって家の中に入れた。
「先生が、私のお父さんだったら良かった・・・・」
「君が思うほど、先生は父親としてはいい人間ではないよ。」
「先生は、優しくていい人です。女の人を泣かせたりしないでしょ?」
何があったのだろう。
昨日学校で見た時は、ミレと楽しそうに何か話をしていた。
「先生は、女の人を泣かせたよ・・・・そして苦しめた・・・・・」
「先生・・・・」
「先生でも、普通の人間だ。奥さんと喧嘩して、泣かせた事もあったし・・もっとひどい事をしたのは・・・奥さんを助けられなかった・・・」
ミラが逝く時に、僕は傍にいて手を持っていてあげられなかった。
僕に人を愛する事を教えてくれたミラを、僕が看取らず一人で逝かせてしまった。
「先生は、ひどい事をしてないと思う。」
どうしてそう言うのかと、聞いて見たかったが聞く事が怖かった。
「ミレが言っていた。『お父さんに、もう一度、恋をして欲しい』って。」
ミレが?
「まだ自分も弟も小さい時に、自分達のお母さんになるかもしれない人と一緒に食事に行った時に、自分があんな事を言わなければ、お父さんは再婚して、きっと幸せになっていたかもしれない。お母さんが亡くなってもう何年も経っているのに、春になるとお父さんはお母さんを思い出して泣いているって・・・・」
ミレがあの人との事を気にしていたとは思ってもいなかった。
「ミレは誤解をしているよ。その人と再婚しなかったのは、亡くなった奥さんへの想いが大きいのに、再婚して新しい妻となった人を愛せないと可哀想だから。とても素敵な女性だから、その人にはその人にもっとお似合いの人と結婚して欲しかったんだよ。」
ホン・ミラは、何かまだ言いたそうにしているが、それが何なのかスンスクには判らない。
亡くした妻の名前と同じ名前。
その名前を見ただけで、ミラを思い出してしまう。
「先生、もう帰りますね。先生と話したら、なんだか少し気持ちの整理が付きました。」
「そう・・よかったよ。君に何か困った事があったら、相談に乗ってあげるよ。」
「ありがとうございます。先生と話して決心が付いたんです、私のお母さん・・・結婚するんです。私・・・・再婚相手の人の名字を使いたくなくて・・・・・まだ、誰にも話していないので、先生にだけ今度気持ちが落ち着いたら話に来ますね。」
サラサラと流れるような音のするミラの真っ直ぐで艶やかな髪が、頭を下げると本当にサラサラと流れて顔を隠した。
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