スンスクの春恋(スンスク) 93
忘れていった・・・・大切な手帳じゃないかな?
スンスクは、ミラが忘れていった手帳をリビングのソファーに見つけるとそれを手にした。
最近はやりのキャラクターが表紙に書かれているその手帳は、女生徒たちが持って歩いているのを見た事があった。
ミレもそう言えば、高校生になった時にお母さんと一緒に買い物に行った時に買って来たと言っていた。
生徒のホン・ミラに親しみを感じるのは、ミラと同姓同名だからなのか、それとも娘の友達で、教師のくせ人見知りをする自分に・・自分の心の中に、春の温かい風と同じように違和感なく入り込んで来たからなのか。
ミラが天に召したあの時と同じ春の風が、最近はよく僕の周囲に静かに入って来る。
ミラ・・・・僕は女々しいね。
いつまで経っても君を忘れられない。
4歳年上だったミラを、僕はとっくにその年齢を追い越してしまったよ。
もっと、君と一緒に暮らしたかった。
先が見えている君の未来を知って結婚したのに、君が死んでしまった事をまだ受け入られない。
僕が悲しまない様にと、喧嘩をしても産んでくれたフィマン。
きみの命を吹き込んでくれたのに、僕は心から笑って過ごせないよ。
「お父さん?」
ウッドテラスに出て、空を見上げていたスンスクに、心配そうにミレが声を掛けた。
「あぁ・・・お帰り・・・・」
「どうしたの?って言わなくても、またお母さんを想っていたのでしょ?」
「違うよ。でも・・・・ミレはスンギおじさんのお店で、みんなで食べて来るんじゃなかった?」
「私が買った物を家に置いてからおじさんの家に行くからって言ったら、おばあちゃんとおじいちゃんが、お父さんが仕事の切りが付いていたら一緒にいらっしゃいって。」
ミレが買った物を自分の部屋に持って行こうと、階段に足を掛けた時にリビングのテーブルの上にあるカップに気が付いた。
「誰か来たの?」
「誰も来ないよ。」
咄嗟に娘に嘘を吐いた。
やましい気持ちなどないのに、どうして嘘を吐いたのか判らなかった。
「そう言えばね・・・ミラのお母さん結婚するんだって。ミラ・・・おじさんの事はずっとお母さんが好きだから結婚は賛成だけど、おじさんのお兄さんが好きじゃないって。」
「そう・・・」
「学校でこんな事を言っていたよ。おじさんは好きだけど、父親の理想は私のお父さんだって。」
「理想と言われると、悪い気はしないけど、ミレ達が思うほどお父さんは父親らしくないよ。」
「そんな事ないよ。お父さんがお母さんの事を、ずっと愛しているのは自慢だよ・・・・・すぐに降りて来るから、おじさんのお店に一緒に行こうね・・・・」
ペク家からスンギの店まで、ミレを後部座席に乗せて車で移動をした。
ほんの数十分いただけのミラの事を、隠している事に後ろめたさがあるせいか、普段でもあまりミレとの会話はないが、狭い空間に息苦しさを感じる。
バス停に立っているひとりの姿から、スンスクは目が離せなかった。
その人がさっきまで家にいたホン・ミラだと判っても、車を停める事が出来なかった。
「あら?ミラ・・・・・家が反対方向なのに、どうしてうちの近所にいるんだろう。
「この辺りに用事があったのじゃないか?」
また僕は嘘を吐いた。
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