スンスクの春恋(スンスク) 96
何気なく差し出した手を先生は繋いでくれた。
先生と手を繋いで、明洞を歩いて景福宮に行く道のりは幸せだった。
初めて男の人の手に触れて、緊張していたけど、その手は大きくて優しい手だった。
「先生・・・・私・・・・」
「え?」
人混みの中、私の言った事が聞こえるとは思わないけど、先生が私に言った言葉は一生忘れる事が出来ない。
ミラはスンスクに手を握られたまま、数日前の夜に訪れたジオンと母と過ごした時の事を思い出していた。
「ミラ・・・おじさんが来たから、一緒にご飯を食べない?」
「あっ・・・はい・・・・」
手帳を閉じて、それを通学用のリュックの中に入れた。
誰にも見られたくない、ミラの想いを綴っている手帳。
ジオンは嫌いではなかったが、自分の生い立ちを知ってからは、ジオンの顔もあまり見たくなかった。
「元気がないね。」
「そんな事・・・・」
ミラの母ミニョンは以前よりも幸せそうな顔をして、ジオンのご飯をよそっていた。
あの日以来、まるでこの家で生活をしているように来るジオンを避ける様に、ミラは食事が済むと自分の部屋に入って行く。
「おじさん・・・・」
「ん?」
「おじさんは、私のお母さんとおじさんのお兄さんの事があっても、お母さんの事をずっと支えていたの?普通なら、お母さんを捨ててもおかしくないのに。それに、私をいつも可愛がってくれていたのはどうして?」
ジオンとミニョンはどうしてミラがそう聞くのか判らないでもなかった。
「ミラのお母さんが好きだから。だから、ミニョンが生んだ子供だからミラも可愛かった。おじさんのお兄さんと遭った事は、最初に聞いた時はショックだったけど、それを忘れるくらいにミニョンの事を愛している。」
「もし、結婚してすぐにお母さんが病気で死んだら、おじさんは再婚するのか、それとも一生その人を想って再婚はしないのかどっち?」
いつもと違うミラに、ジオンもミニョンも驚いた顔をしていた。
ミラもどうしてこんな事を聞くのか、自分でも判らなかった。
「おじさんは、お母さんが病気で亡くなっても再婚はしないよ。ミラがお母さんのお腹に宿った時よりも、もっと前からお母さんだけが好きだったから。それに、おじさんは器用な人間じゃないから、おかあさん以外の人を好きになる事は出来ないよ。」
先生もそうなんだろうか・・・・
ミレの話しだと、高校3年の時に出会って大学1年の時に結婚したと言っていた。
それからしばらくしてミレが生まれたから、おじさんがお母さんを想っていた期間と同じくらい。
「もう話はそれくらいにして、ご飯を食べない?おじさんは、今日泊まって行くから、話はその後でも・・・・・・・」
結局、ミラは母とジオンと夕食後には話をする事はなかった。
あの重苦しい家に行けば、こんな風に母やジオンと話したりする事は出来ないだろう。
それなら、母に付いて行かないで、独りで暮らしていた方が気を使う事なく、自立した生活を送った方が気持ちが楽だ。
ミレの話す家族とは違う自分の家族。
先生に会いたくて行った理由を誰にも言わないで、自分だけの胸の中に収めれば、この先母とおじさんが結婚をして独りぼっちになっても、頑張れそうな気がする。
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