スンスクの春恋(スンスク) 98
平日の町の中は、意外と混雑をしている。
どうして何の目的で、課外授業として人混みの中を歩くのか。
歴史が好きな生徒には王宮コースである3コースが人気で、女子生徒たちは朝鮮王朝の絢爛豪華な時代絵巻に様々な空想をしているが、1コースを選択する男子たちは、繁華街を何の目的で歩くのか判っていない。
明洞で買い物をして、気になる店に入って欲しい物を買う。
それなら、課外授業として取り入れるわけがないのに、男子の中にそれが判る生徒が何人いるのか。
成績優秀な生徒がいる1クラスの男子でも、学校側の意図が判っていない。
「男子、遊びじゃないぞ。ゲーセンに入らないで、自分で課題を見つけなさい。」
普段から声を荒げて生徒を怒るスンスクではないから、男子生徒はスンスクが後ろから声を掛けても聞いていなかった。
例え聞いていても、聞こえない振りをして自由気ままに明洞の街中に消えて行った。
「先生・・・・行っちゃいましたね。」
「毎年こうだから、課外授業の内容も変えないといけないけど、他のコースを選択した生徒はキチンと課題を熟しているからね。君も、自分で課題を見つけて、きっとその中に小説を書くのに必要な何かを見い出せるかもしれないよ。」
僕のどんな一言も、聞き逃さないようにしているミラの目は、最愛のミラの目とよく似ていた。
澄んだ瞳で人が持つ黒い心など持っていないような、色に例えるのなら無色透明・・・・・クリスタルのような輝き。
白桃のようなその頬が、とても甘い香りを放っているように・・・・・・・
「先生―!」
遠くでスンスクを呼ぶ声に、夢の中にいるような感覚から現実に戻された。
「先生、明洞での課題を見つけたので、バスで先に次の所に行きます。」
他のクラスの女子生徒が、スンスクにそう声を掛けて止まっていたバスに乗り込んだ。
「先生・・・あの・・・・・」
向かい合っているミラが顔を赤くして、俯いてしまった。
「ごめん・・・・妻に似ていたから・・・・」
「奥さんに?」
「一瞬・・・・君の名前が、妻と同姓同名だから。」
どうかしている・・・
彼女はミレの友達で、僕の生徒なのに。
初めて会った時から、ホン・ミラの名前ではなくその澄んだ綺麗な瞳に、教育実習で来ていた時のミラを思い出した。
「課題を見つけた?」
「はい・・・・なんとか・・」
「次のバスで景福宮に行こうか?」
「あの・・・・」
ホン・ミラは先を歩くスンスクから離れて立ち止まった。
「1クラスの男子がどこかに行ったから、君を一人で行かせられない。先生と一緒に行くのは嫌かもしれないけど、引率している責任があるから。」
「先生の事・・・・・」
「僕の事?」
「好きになっていいですか?」
「そりゃぁ、嫌われるよりも好きでいてくれた方が、大学に進学するしないに関わらず、僕はやりやすいけどな。」
「そうじゃなくて・・・」
「次に行こうか・・・」
ホン・ミラが言いたい事はどんな事か判っていた。
教師として好きだという事ではないと判っていたが、それを言わせてはいけない。
「待って・・・・待って先生・・・・私の話を聞いてください・・」
聞いてはいけない、聞いてはいけない。
この間、突然ミレがいない時に家に来てから自分の心の中に聞こえるミラの声が、僕にもう一度、恋をして・・・・・と言っているのが聞こえる。
僕はミラの事を忘れて、他の人を好きになれないし、なってはいけないのだから。
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