あなたに逢いたくて 15
室長の口から就業時間が始まって直ぐに、今まで携わっていた仕事の担当部署の変更を開発室の社員に伝えると、意外な配置で不満や驚き、喜びの言葉を聞いた。
「会社の事どころか、社会の常識を知らない学生なのに。」
「いきなりすぎる。」
そう言われたときに、昔のオレならきっと「嫌なら会社を辞めてもらって結構」、と言っただろう。
「皆さんは、玩具メーカーはどんなことをする会社だと思いますか?ただオモチャを作るだけでいいのでしょうか?」
不満を言われることは最初から判っていたし、社会経験も無い自分が社員の意見も聞かずに配置換えをしたのだから不平不満を耳にすることは想定内だった。
「ある人のおばあさんが、母親を亡くし気持ちが沈んでいた孫に、<自分は楽しく人は幸せに>そう言われたそうです。その人は、頭も良くなく勉強の成績はとんでもない成績でした。勉強どころか、全ての事を人の倍も時間がかかって、普通の人なら投げ出したくなる問題もやりとげます。やりとげた後の清々しい顔は、とても輝いて綺麗でした。」
普段挨拶だけしかしないスンジョが話し始めると、人をひきつけるような内容の話しでもないが、社員の視線はスンジョから離れなかった。
「オモチャと言うのは、作る側も使う側も楽しくなければいけません。ゲームをやりとげた時の子供達の笑顔の為に夢作りませんか?ただ攻略が出来たからいいのではなく、複数選択が出来る分岐点のゲームと同じように、慣れた部署で慣れたゲーム達成の時の感動をもっと大きくしたいと思うのでしたら、皆さんが仕事としてゲームを開発するのではなく、自分の夢や思いを込めた楽しいゲームで皆さんの思いを込めて作ろうと思い、その為に趣味や興味がある分野を参考に、役割を決めてみました。」
開発室のみんなは、オレの考えに誰も異議を唱えないで意外と早く賛同をする意味での拍手をしてくれた。
そんな立派なこと言う権利が、結婚を約束したハニを捨てたオレにあるのだろうか?
オレは物心がついてから、夢や目標を持ったことがなかった。
ハニと出逢い、ハニが見つけてくれたオレなら出来ると言う一つの選択肢である<医師>という職業。
会社を継ぐというのは夢ではなかったのに・・・・・
現実は。親父が大きくした俺には興味のない会社の為に、いい案が無いだろうかと真剣に考えていた。
そうだ、ハニに電話をしないと・・・・・
スンジョは携帯を手に取って、しばらく考え込んだ。
決心は付いていても、昨日の話した事を考えると、何もなかったかのように電話をする事に躊躇したがボタンを押した。
「もしもし・・・・・・」
ハニの消えそうな声が聞こえた。
いつもなら電話に出るとすぐにハニの明るい声が聞こえてくるが、今日は最初の一言だけで次を待っていても何も話さない。
「オレ・・・・・・」
手が震える、心臓がバクバクする。
「今日、夕飯いらないから・・・・・ユン会長と・・会食があるから・・・・・・・・」
ハニは判っただろうか、この会食がお見合いだと。
「・・・・・・・・うん・・わかった・・・・・・」
ハニの声は震えていた。
ハニの笑顔も泣き顔も、温かい肌のぬくもりも柔らかい唇の感触も、その唇から発せられる甘ったるい声を忘れる事が出来るか?
オレはいつからこんな風に迷ったり、躊躇したりするようになったのだろう。
携帯の待受け画像のハニは、オレが好きな太陽のような飛びっきりの笑顔で、オレだけを見ている。
ユン会長の孫娘とお見合いをしても、暫くはこのまま残しておこう。
会食に指定された日本料理の店に、約束していた時間より少し早めに着いた。
店の人に案内されて、一番奥まったところにある個室に案内された。
<飛翔>
部屋の名前を見た時、苦笑した。
金に心を売って翼を畳んだオレに飛翔・・・・・・・・飛び立てる事が出来るのか?
「お連れ様がいらっしゃいました。」
スタッフに案内されてドアが開いた。
スンジョは、ドアが開いた瞬間、もう後には引くことは出来ないと思った。
「よく来てくれた、さあ座ってくれ。」
スンジョは、ユン会長に頭を下げて向かい側に用意されて場所に座った。
「やっぱり、あなただったのね。ペク・スンジョ。」
聞きなれた声に顔を上げると、この間まで一緒に理工学部の部屋で講義を受けていたユン・ヘラが微笑んでいた。
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