スンスクの春恋(スンスク) 103
ミレから話は聞いていた。
母子家庭で、ミラをパラン高校に行かせるためにお母さんが夜昼問わずパートで仕事をしている。
貧しい家庭で育ったからお母さんは大学に行けなかった。
その夢をミラに叶えて欲しいと言っていると聞いた。
キッチンと言っても、一口コンロと調理台と言うよりも物を仮置きするくらいしかない台。
古い型の冷蔵庫、古い型のテレビ、古い箪笥・・・・
つましく暮らしている事が判る生活用品。
「先生・・・少しだけ食べてくれませんか?」
「チャプチェ?」
「得意料理なんです。」
「へぇ~、手際よく作っていたね。」
「得意料理って言っても、野菜の切り落とした所を沢山もらった時に、お母さんが作ってくれたの。あ・・・・お母さん、近くの食堂で働いていて・・・それで、私が美味しかったからお母さんに教えてもらったの・・・・」
スンスクがチャプチェを食べる様子をミラはずっと見ていた。
「食べないの?」
ミラはフッと笑って、自分で作ったチャプチェを食べ始めた。
ずっと下を向いたままミラは食べていたが、急にチャプチェの中に涙を落とした。
「先生・・・お母さんが結婚するんです。」
「そう・・おめでとう。」
「おめでとう・・・・て、本当は言うんだよね・・・」
物静かではあるが、いつも穏やかなミラと様子が違う。
肩を震わせて泣いているミラは、何かで深く心が傷ついた様に見える。
「お母さんの再婚相手が好きじゃないの?」
ミラは箸をおいて、首を横に振った。
「お母さん、再婚じゃないの・・・」
「・・・・」
「未婚で私を生んで・・・・おじさんは私が小さい時から家によく来ていた。時々この家のお母さんの部屋に泊まって帰って行ったから、おじさんは別に家庭があるから時々しか来る事が出来なくて・・・帰る家があると思っていた。」
両手で涙を拭ってミラは顔を上げてスンスクを正面からしっかりと見た。
個人的に生徒のプライバシーに立入る事は今まで一度もした事もないし、しようと思った事も無かった。
生徒のミラのその心の深い所で傷ついているのが伝わるその瞳は、最愛の妻が二人目の子供をどうしても生みたいと言っていた時を思い出す。
「私・・・生まれて来てはいけない子供なんです。」
「生まれて来てはいけない子供は一人もいないよ。どの子供も母親のお腹に宿ってからこの世で産声を上げるまで、ずっと生まれて来る事を楽しみにしているものだよ。」
「私・・・・お母さんと結婚をするおじさんのお兄さんの子供なの・・・と言っても、昔お母さんとおじさんが付き合っていた時に・・・・・そのお兄さんに無理矢理・・・無理矢理・・・」
それだけ言えば、スンスクにはすぐにミラが何を言いたいのか理解できた。
16歳の女の子には、とても口にする事は出来ない事だろう。
「それでも、君のお母さんは君を生んでくれた。子供を生むと言う事は、とても大変な事だよ。君のお母さんは君を愛しているから、高校生になって少し手が離れた時に結婚するのだと思う。辛い事があったら、先生が話を聞いてあげるよ。」
コクンと頷くミラの手を掴むと、その掌にそっと何かを忍ばせた。
「先生はもう帰るけど、大丈夫だね。」
「大丈夫です。」
スンスクはそう言うと、静かにミラの家から出て行った。
ミラはその掌に忍ばせてくれたそれを見て顔がポッと華やいだ。
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