スンスクの春恋(スンスク) 107
「すみません、お父さん。」
「いや・・・オレがスンスクに付いて病院に行った方がいいだろう。」
退職した後も、スンジョは後輩医師や大学で教えていた医師に呼ばれては時々病院に来ていた。
スンスクも父に一緒に付いて来て貰った方が、別の意味で良かったと思っている。
独りで遅くまで仕事をしている母を待つミラと、ほんの数十分一緒にいたあの家から帰る時にした自分の行動に後ろめたさはあった。
なぜあんな事をしたのか。
ポケットに入っていたメモの切れ端に、自分の携帯電話の番号とアドレスを書いた。
生徒やその家族と個人的に親しくなる事は好ましくない。
ましてやミラは、自分の娘と同じ年齢で娘の友達でもある。
名前が最愛の妻と同じだから気になったのではない。
あの澄んだ目は、ミラの目とよく似ていた。
人に裏切られても人を責めるのではなく、自分を責めているあの目。
誰かにすがりたいが、それをする勇気がない。
「スンスク?着いたぞ。」
助手席側のガラスをスンジョがノックをすると、スンスクはここに来るまでずっと自分の気持ちを考えていた。
「救急搬送されて来た女性がいると思いますが・・・・」
「ペク先生、今処置室で息子さんが診ています。」
スンリ兄さんが当直だったんだ。
スンスクは父に付いて処置室に向かった。
救急外来の入り口から処置室までは、真っ直ぐな廊下だが非常灯以外の電気が消えている所為か、暗くて重苦しく感じた。
「先生・・・・・・」
青い顔をして震えて泣いているミラの顔は、子犬のようにか弱く見えた。
「先生のお父さんだよ。今君のお母さんを見ているのは、先生のお兄さんだから安心して。」
ウンウンと頷くミラは、スンスクの顔を見て安心したのかその場にしゃがみ込んだ。
「お母さんが心配だからどんな状況か見て来てあげたいけど、退職した人間が入るわけにはいかないからね。」
「先生のお父さんのお蔭で、直ぐに母を診て貰えてありがとうございます。」
「熱が高いそうだけど、意識が無いのはそのせいだと思う。とりあえず緊急に血液検査をすると思うけど、今夜は病院で見るから心配ないよ。」
「ありがとうございます。」
処置室から看護師が出て来ると、そこにスンジョの姿を見て軽く会釈をした。
「ホン・ミニョンさんの娘さんね?入院の手続きをしないといけないのだけど、他に大人の人はいない?」
「あの・・・・・」
看護師はミラの家庭の事情は知らない。
ミラは家庭の事情をあまり言いたくないのか、俯いて唇を噛んでいた。
「あの・・僕は彼女の高校の担任で、ここの病院に運んでもらうように連絡をしたものです。」
看護師はスンジョの顔を知っていても、スンスクの事は知らない。
それでもスンジョと並んでいればよく似た顔しているし、今夜の当直のスンリともよく似ている事に、何かに気が付いたような顔をした。
「その人は、オレの弟だよ。緊急だからオレが責任を取るから、弟に書類を書いて貰って。親父も一緒にいるから保証人としては充分だろ?」
運がいい時にはいい事が続く。
そんな事をよくハニが子供たちにそう言っていた。
スンスクにとってもミラにとっても、救急車で病院に運ばれたミラの母親ミニョンの体調も重篤ではないと思った。
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