スンスクの春恋(スンスク) 136
「母親が、自分の生んだ子供がいない方がいいなんて思っていないと思うよ。」
「先生・・・・」
ずっと顔を合せなかったミラが、スンスクの方に身体ごと向きを変えた。
「先生の奥さんも同じ事を言っていた。治らない病気だと判った時に、親より先に逝く事に親不孝だと泣き、病気が理由とはいえ婚約していた人に婚約破棄をして・・・・・」
「え?婚約破棄をしたのは先生の奥さんなの?」
「そうだよ。ミラは多分違う事を聞いたと思うけど、君のおじさんの・・・ごめん、ミラにとっては実のお父さんになるのかな?が捨てた事になっているけど、先生の奥さんは先生と結婚する事も拒んだくらいにすべてを拒絶していたんだ。事実はどうであれ、お互いを傷つけないように他人に言っているから、もうその事には触れなくてもいいよ。」
優しいスンスクの顔は、ミラにとっての憧れの大人の男性の顔だった。
成人した男性でよく知っている人は、母がずっと好きだったジオンだけ。
ジオンもスンスクとよく似た優しい顔をしていた。
「ミラも、先生と似ているね。」
「先生と似ている?」
「うん・・・・今の先生は痩せているけど、子供の頃から結婚して奥さんが死ぬ時まで太っていた。先生の兄妹は両親に似て、みんな痩せていてスラッと背が高かった。明るくて人前でも賑やかに話せて、それよりも顔が父か母のどちらかに似ていた。だけどね・・・先生は両親のどちらにも似ていなかったんだ。小学校に入る前から、家族には言わなかったけど、太っていて似ていないから貰いっ子だとか、捨て子だとか・・・・散々同級生に言われた。奥さんと結婚したのは高校を出てすぐだったけど、医者の父には病気の事で反対をされた・・・・先の無い命だったからね。」
スンスクはもう16年以上前の事を、つい最近のように思えるくらいに懐かしく思い出していた。
「今、親になって分かるけど、苦労させたくなかったのだろうね。筋肉の病気だから、ほとんど寝たきり状態で・・・ベッドから車椅子、車椅子からベッド・・・トイレも抱いて連れて行って腰掛けさせて・・・・お風呂は、一緒に入ったかな?結婚するまで、女の子と付き合った事も無かったから、最初はすごく恥ずかしかったよ・・・自分の身体を見られるのも奥さんの裸を見るのも・・・でも、自分で決めた結婚だから・・・・そんな事はすぐに何も思わなくなったよ。」
黙ってスンスクの話を聞いているミラは、少しずつ気持ちが落ち着いてきているような顔をしていた。
それとは反対に、スンスクは結婚する時の辛い事を思いだし、ミラが日を追うごとに病気が進行する様子を思い出して涙が出て来た。
「親には言ってはいけなかった言葉・・・・僕はお父さんとお母さんの子供じゃない・・・・自分の両親を見れば、浮気をした相手の子供とかじゃない事は判っていた。心優しい母がどこかで捨てられていた僕を拾って来た・・・なんて、下らない事を思っていた。」
「でも・・その時は本当にそう思っていたのですよね。」
「まぁね・・・で、スンスクの穏やかな所は亡くなったおじいちゃんに似ているし、優しい所はお母さんに似ている、自分の想いを素直に表せない所はお父さんに似ている、オ家ペク家のいいところを持って生まれて来た・・・そう言われた。」
「私は、先生とは違う・・・・お母さんが・・・あの人に・・・」
続きを言おうとした時、スンスクはミラの口に指を当てて言わせないようにした。
「先生のお姉さんは産婦人科医だし、奥さんが子供を生む時の事は忘れていないから言えるけど、お母さんは子供を生む時の痛みや苦しみは、無事に子供と対面した時に消えるんだよ。声では言えなくても、心の中で通じているもので、『ありがとう、生まれて来てくれて』・・・そう言っているんだ。」
フィマンが生まれた時は、ほとんど意識が無かった。
でも、意識の無い顔の僅かな表情が、生まれて来たフィマンにそう言っているようにも見えた。
「それに、ミラのお母さんは君をパラン高校に行かせるために、一生懸命に働いたのだろ?それが君のお母さんの気持ちだよ。」
スンスクにそれを言われれば、高校を決める時にお金のかからない学校に行こうと決めていた。
中学校の先生は、ミラの成績でその高校はあまりにもレベルが低すぎるからとも言われた。
ミニョンは、ジオンが卒業したパラン高校に行って、難関大に進んで欲しがっていた。
どんなに辛い仕事も、ミラが幸せになる事は自分の幸せだと言っていた。
「もう一つ言うね・・・先生は、君の事を好きだったよ。」
スンスクの告白に、ミラは心臓が破裂しそうなくらいに大きくひとつ打った。
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