スンスクの春恋(スンスク) 138
朝までミラに付き添い、ほとんど一晩中話をしていたからなのか、太陽が上がる少し前にミラは眠った。
ジオンと一緒にミニョンが病室に訪れると、左の手首を切った状況で発見された事を話した。
最初は話さないでいようと思っていたが、隠していても手首に巻いた包帯で直ぐに判ってしまう。
問題は、どうして手首を切ったのか、どう話したらいいのかという事だ。
「思春期特有の、将来に不安を感じてこういう行動を取った。」
治療した医師から聞かされてミニョンは、眠っているミラの手をしっかりと握って声を押し殺して泣いていた。
その横でジオンがミニョンを守るように、黙って肩に手を添えて立っていた。
この三人がいる光景を見て、もうミラは大丈夫だと思った。
あとはスンスク自身の気持ちだけだ。
情けない事に、生徒であるミラに全く特別な感情が無かったとは言えない。
時々不安そうにしている表情が、亡くなってから十年以上経つミラの顔と重なって見えていたから、その不安から救ってあげたいと思っていた。
妻のミラと教え子であるミラとは別の人間だと判っているのに、自分の中でもういないミラを探していたのかもしれない。
「ミラ、君は僕とずっと一緒にいてくれるよね。身体はこの世に無くても、心の奥の深い所で僕とずっと繋がっていてくれるよね。君の声を耳で聞く事が出来なくなって13年が過ぎても忘れる事が出来なかった。子供が成長をして手を離れて行くのに、僕の心はあの頃のままで君を探している。生徒のミラを見ていると、君が僕の行動を見ているようで辛かったよ・・もう行くね・・・学校に行く前に、家で少し休みたいから。」
何かあると訪れているミラが眠るこの場所。
何度ここに来たのか。
誰にも話せない事があると、返って来る言葉は無くてもここで話して気持ちを落ち着かせていた。
明け方に家に帰るのは、人生で二度目。
まるで夜中に抜け出した青少年が、親に見つからない様に急いで帰るように、何も知らない人からはそう見えるだろう。
車をガレージに入れないで、そのまま門を開けて家を見上げると、リビングに電気が灯っていた。
ハニが起きている時間ではないが、きっとスンジョが家に帰って起きて待っているのだと言う事は判っていた。
「ただいま。」
「お帰り・・・一眠りするでしょ?」
「お母さんも起きていたのですか?」
「スンジョ君が起きてスンスクを待っているのに、寝ている訳にはいかないでしょ?」
スンジョはスンスクに何か聞くことも無く、ハニに一言言って寝室に入って行った。
きっと父も自分が帰って来るまで起きて待っていたのだろう。
「スンスク・・・・これ・・・」
ハニはキッチンから出て来ると、一冊の古いノートをスンスクの前に出した。
「何ですか?」
「スンジョ君からね、スンスクがソン教授のお嬢さんとお見合いをして、お付き合いを始めたって聞いて探したの。スンスク達も知っていると思うけど、お母さんとお父さんが結婚する前にソラのお母さんとお父さんは婚約をしていたの・・・・自分の気持ちに素直になってお見合いをするのならいいけど・・・・きっとスンスクは優しいから、人のために何かを抑え込んでいるのじゃないかなって・・・でね、これはミラがずっと付けていた日記。後半は、ミラが言った事を書いたの。スンスクが悩んでいるみたいだったから、探して見つけたのよ。読んでね。」
古いノートは、スンスクは今まで見た事はなかった。
最初のページは、結婚を決めた時のミラの嬉しい気持ちがつづられていた。
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