あなたに逢いたくて 25
「あ・・・・ス・・スンジョ君・・・・・・」
急いで外に逃げる様に出ようと、横を通り過ぎた時にスンジョがハニの腕を掴んだ。
大きくて温かな手の温もりが、洋服越しに伝わると、切なくて胸が張り裂けそうだった、堪えていても涙が出そうでスンジョの顔をまともに見ることが出来ない。
「久しぶりにハニのコーヒーが飲みたい。淹れてくれるか?」
ユックリと振り向いてスンジョの顔をそっと見ると、ハニだけを見ていたあの頃と変わらない優しい微笑みを向けていた。
狭いエレーベーターの中で、スンジョに後ろから見つめられているのが判るくらい熱い視線を感じた。
「元気そうだな。」
「うん・・・・・スンジョ君も元気で・・・・・・」
「ああ・・・・少し太ったか?」
ハニはギクリとした。スンジョには絶対に妊娠を気づかれたくない。
薄手のコートの下は、送別会の時に妊娠を誤魔化すことの出来た、ふんわりとした生地のチュニックにレギンス・・・
普段からローヒールを履いていたから大丈夫、スンジョ君に妊娠を気付かれない。
「うん、転入試験の勉強をしていて動かないで食べていたから。」
エレベーターを降りて廊下を歩くとき、スンジョの広い背中を見ると、思わず後ろから抱きつきたくなった。
以前ならドアの前で立ち止まると直ぐに抱きついて、嬉しくて仕方がないのに鬱陶しがられていた。
部屋のドアを開けると、相変わらず綺麗にスンジョらしく片付けられていた。
何も変わってない部屋なのに、もうここには来る事が無いと諦めていたからどこか遠くに感じた。
「ヘラに・・・・・・・怒られちゃうね・・・・・」
「この部屋には、ハニ以外誰も入れたことはない。」
「ヘラと実家に住むの?・・・・・・・」
「・・・・・・・」
「関係ないよね、私には・・・・・・・・」
何も変わっていないキッチンのカップボードの中に入れられている食器。
ハニが、ミルでコーヒー豆を挽く香りが部屋中に充満する。
「お袋が、あの家にはハニ以外絶対に入れないと言うし、ハニに酷い事をしたオレを許してくれないから・・・・・・・住むところは・・・まだ部屋は見つけていない。」
スンジョは言いたくなかった、ヘラと結婚をして住むところを新居とは・・・・・。
自分で決めたことでもヘラとの事を封印してハニとどこが遠くに逃げたいと思った。
カップボードにまだ残るスンジョとペアのハニの食器。
ソファーには、嫌がるスンジョを無視して、ハニ好みの赤いハート型のペアクッション。スリッパもそのままハニが使っていたものが残って、スンジョ自身がまだ吹っ切ることが出来なかった。
「明日、ソウルを出るの。私の使っていた品物が残っていたら処分してね。ヘラに悪いから・・・・・」
窓際に立つスンジョの傍にコーヒーを注ぎ入れたマグカップを持って行くと、楽しかった頃を思い出して涙がこぼれた。
ハニが淹れたばかりのコーヒーを一口含み、心の奥からホッとして来た。
「美味しい・・・・・ありがとう、ハニ。」
足の力が抜けそうなほどにスンジョの温もりが恋しくて苦しい。
「私・・・・・・もう帰るね・・・・・・・・。」
スンジョが、部屋から出て行こうとするハニの後ろから急に抱きしめた。
スンジョの温かい吐息が首筋にかかるとゾクリと身震いがした。
ポトンと何かが落ちて、肩が濡れたのに気が付いた。
スンジョ君が・・・・・泣いている。
大きな体を少しかがめて私の肩に乗せているスンジョ君の頭の重さ。
身体を小刻みに震わせて泣いている。
行きたくない、スンジョ君と離れてソウルを出て行きたくない。
ずっといたい・・・・・・・・・・・・
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