あなたに逢いたくて 26
「スンジョ君・・・・ダメだよ、そんな事をしたら・・・ヘラに悪いよ・・・・」
スンジョの温もりに、忘れられないその温もりに、何もかも忘れてしまいそうになるほど頭が真っ白になりそうだった。
スンジョに抱きしめられた時、お腹の中で始めて赤ちゃんが動き胎動を感じた。
まるで、お腹の中の子供も。父親に抱きしめて欲しいと言っているように。
「前のように言ってよ。<オレの平穏な生活を乱すな>って・・・・」
スンジョは、自分がしたことを悔やんでいた。
一度知ってしまったハニとの、甘くて幸せだった日々。
お互いに素肌をふれあって、愛を確かめあって過ごした親には内緒の付き合い。
何度も同じベッドで過ごしたから、忘れようと思っても温もりと香りを忘れることなど出来るはずがない。
「私・・・・帰らないと・・・病院に行かないといけないの。」
「まだ、調子が悪いのか?」
「・・・・ううん・・・おばあちゃんの所は田舎だから、今日が最後の診察で、設備の整ったソウルの病院でキチンと診察してもらって、その診断状況を向こうの病院に送らないといけなくて・・・」
「病院まで送るよ・・・・最後だから。」
スンジョは、自分の心を振り払うようにして、ハニから離れて上着を取った。
ハニはスンジョの婚約者であるヘラに申し訳ない気持ちもあったが、これがスンジョといられる最後の時間と思い、黙ってスンジョに送ってもらうことにした。
スンジョが助手席のドアを開けると、ハニはいつも座っていた助手席ではなく、シートを倒して後部座席に座ろうとした。
「ハニ、助手席に座れよ。」
「・・・・・そこは、私の場所じゃないから。」
違う・・シートベルトでお腹を押さえたらいけないから。
私のお腹の中には、スンジョ君の赤ちゃんがいるの。
教えたいけど、スンジョ君やおじさんおばさんには、妊娠の事は内緒のままにしたいの。この子は、私とスンジョ君の大切な思い出だから。
スンジョは病院の前で、ハニを車から降ろした。
ハニは入口でいいと言って、車から降りようとするオレを止めて車寄せで別れた。
バックミラーで見るハニは、スンジョの車をいつまでも見送って泣いている。
何度もからかったり意地悪を言ってハニを泣かせたスンジョだが、今日ほど悲しそうなハニを忘れることは一生出来ないだろう。自分が、簡単に決めてしまったことが自分自身をも苦しめた。
自業自得だ。
いつしか、スンジョの目からも涙が流れていた。
久しぶりに実家に戻ったスンジョは、リビングから聞こえるグミとスチャンの会話にドアを開ける手が止まった。
「ギドンさんの田舎って遠いのかしら?」
「んー、ワシがよくギドンの家に世話になった頃は、まだギドンの親父さんが生きていたからなぁ・・・・・ワシがテハン大に入った頃にギドンの親父さんが亡くなったとお袋から聞いたんだ。ギドンはソウルに仕事に出てきて、おばさんは伯父さんが亡くなった後に自分の田舎に行ったこと聞いただけだから。のどかな漁師が暮らす島じゃないかな。」
「スンジョがハニちゃんにしたことは親として情けなくて・・・・・・だから、ハニちゃんには幸せになって欲しいの・・・・・・」
グミとスチャンはしんみりとした。
スンジョがリビングのドアを開けたと同時にグミがまた話し出した。
「今日、ハニちゃんが来ていたの。私がお買い物から帰ってきた時に、薄手のコートを着て門の所に立っていたから・・・・・声を掛けたの・・・・・・ハニちゃんったら、私に丁寧にお辞儀をして行っちゃったわ。最後だからおいしいお菓子を出してあげたかったのに・・・・・・スンジョがいけないのよ・・・・・・・だから絶対にハニちゃん以外の女の子を、この家には入れないわ・・・ああ・・・・・ハニちゃん・・・・」
「お兄ちゃん?入らないの?」
ウンジョが二階から降りてきた時に、スンジョがリビングの入り口にいることに気が付いた。
「まぁ、帰って来ていたの?」
「ママァ~・・・・・スンジョ、ワシが頼んだ書類を持って来たか?」
グミはスンジョが会社の事を思ってやったことは本当は判っていたが、自分の子供以上に溺愛していたハニをどうしても諦めきれなかった。
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