スンスクの春恋(スンスク) 153
アメリカに行くのはお父さんの所為ではないと言っていた。
結局、本当の理由を聞き出せなかった。 誰もいなくなった教室で、ミラと二人で話していても目に見えない隔たりがあって近づけない。
「ミレ、元気でね。アメリカに行く時があったら連絡をしてね。」
その時、ミレの耳に幼いころに聞いた母の声が聞こえた。
ミレ、大切な友達は貴女の温もりが欲しいの
心の入り口に蓋をしてしまった友達は、お母さんと同じ
先の見えない病気になった時に、お父さんが抱きしめてくれた時
人の温もりで、心の中の硬い氷の蓋が溶けたの
ミレは私物を持って、教室を出て行こうとしているミラに駆け寄り後ろから抱きしめた。
「ミラ、ずっと友達だよ。私が初めて友達と言える人が出来たのはあなただけ。お母さんと同じ名前だったのはきっと私とお父さんがいつまでもお母さんの影を追っていた事を止めさせるためだったのかもしれない。私がアメリカに行く事があったら、必ずミラに会いに行くし、行く用事がなくても、お父さんに頼んでアメリカに会いに行くね。だから、ミラも私の事を忘れないでね。お父さんが亡くなったお母さんの事を忘れられなくて、ずっと一歩踏み出せなかったのをミラと出会って、もう一度恋をして幸せになろうとする事が出来たのだと思う。ミラがお父さんの事を好きになってくれたお蔭で、お父さんが毎日笑う様になったの。」
ミラの首筋にポツンと涙が落ちた。
その涙は温かくて、甘い香りがするような気がした。
「弟はお母さんの顔は知らないけど、私はお母さんの顔を知っている。抱いてもらった事は数回しかないから、それだけが思い出だった。お母さんがいないから、私がお母さんの代わりにお父さんの世話をしよう。その為に優等生でいようと思っていた。ミラが苦しんでいた事に気が付いてあげられなくて・・・・ごめんね。」
ミラの肩に置かれているミレの手は、白くて綺麗な陶磁器のよう。
父親知らずで育ったミラだから、お母さんがいないミレの気持ちも判る。
「ミラ、私ね・・・自分の進路を決めたの。まだ誰にも言っていないから秘密ね。スンミおばさんと同じ仕事をしようと思っているの。スンミおばさんの旦那さんが、パラン大病院から派遣されて、医師不足の所に赴任しているの。」
「医者になるの?」
「ううん・・・・私って、お父さんと同じで人の命に関わる仕事に就く勇気はないの。お母さんが治らない病気で亡くなったからなのかな・・・・私がやりたい仕事はね・・・・・・」
教室から出て来る娘を待っているミニョンの所に、スンスクは近づいて会釈をした。
「先生のご家族にはお世話になったのに、娘が先の事を考えて先生を家に呼ばなければ・・・」
「いえ、よくないと判っていたのに行ってしまった私の方がいけないのです。今の高校一年の担任している生徒たちが卒業する頃には戻って来られるので気にしないでください。」
「でも、先生は再婚を・・・」
「ふたりだけで、新婚生活を送るだけだと思えば大丈夫です。」
校舎から出て来るふたりの姿をミニョンは見つけると、娘の方を向いて手を振った。
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