スンスクの春恋(スンスク) 158
ペク家の門の前に一台のタクシーが停まると、穏やかな笑顔のスンスクが最初に降りて来た。
「セイラ、シシリーを・・・・」
スンスクがそう言うと、まだ生まれて日の浅い赤ちゃんがオクルミに包まれて出て来た。
「足元に気を付けて。」
細い足が後部座席から見えると、ゆっくりと車からセイラが降りて来た。
「久しぶりね。この家の前に来ると、不思議と落ち付くわね。」
「そうだね。やっぱり実家がいいけど・・・・仕方がない、仕事だから。」
「私の体調が戻ったら、またパパの所にシシリーと一緒に行くから無理をしないでね。」
セイラが生まれた我が子に頬ずりをすると、それを見てスンスクは優しい眼差しを向けた。
インターフォンを押して、門扉のロックを解除して貰おうと待っていても、一向に解除された音が聞こえない。
「どうしたんだろう・・・・セイラ、悪いけど僕のズボンのポケットに門扉の鍵があるから取ってくれる?」
セイラがスンスクのズボンのポケットに手を入れようとした時、バタバタと急いで石階段を降りて来る足音がして扉が開いた。
「フィマン・・・中で開けてくれればいいのに・・・」
慌てた顔で父の顔を見ると、フィマンがゴクンとつばを飲み込んだ。
「ほらフィマン、妹のシシリーだよ。会いたかっただろ?」
「う・・・うん・・・・」
父の隣に立っているセイラを見てぺコンと頭を下げると、スンスクはシシリーを抱いて敷地内に入った。
いつもならこうしてペク家の子供達が帰って来ると出迎えてくれるのは母のハニだった。
「おばあちゃんは?」
「家の中で話す・・・・・」
ひっそりとした家の中に、いつも並んで座っている両親の姿が無い。
大学の方も病院にも時々で掛けて行く事はあっても、退職してからはつがいの鳥のように寄り添っている。 まさか、お父さんの心臓が悪くなったのだろうか。
「おじいちゃんの具合が悪くなったの?」
スンスクは、ペク家の子供や孫たちが使っていたベビーベッドにシシリーを寝かせた。
「おばあちゃん、グミおばあちゃんが亡くなってからずっと元気がなくて、今朝からソファーにぐったりしていて・・・・おじいちゃんと救急車で病院に行った。」
「え?」
セイラとスンスクは驚いた顔をして、二人は顔を見合わせた。
グミの葬儀の時はずっと泣いていて、スンジョが何を言っても亡骸から離れようとしなかった。
授業を受け持っていない校長だからと言って、いつまでもこっちにいる事も出来なかったスンスクは、葬儀の後その日のうちにセイラとシシリーが待っている赴任先の家に戻って行った、 気にはなっていたが、父が付いているから子供たちは大丈夫だとお互いに話していた。
「セイラが疲れていなかったら、病院に行かない?シシリーを見れば元気になれると思うから。」
「僕も行ってもいい?お姉ちゃんは学校で補講だし・・・・・メールだけは入れておいたから、病院に行くと思う。」
「そうだね・・・・おじいちゃんの車で行こう。」
スンスクが立ち上がると、ベビーベッドで眠っているシシリーを抱こうとセイラが近づくと、フィマンが少し顔を赤らめてセイラに聞いた。
「僕が、抱っこをしたらダメかな?」
「いいわよ。フィマンの妹だから。」
セイラからシシリーを渡されると、緊張した顔で妹の顔を覗きこんだ。
「シシリー、おばあちゃんを元気づけてあげてね。」
妹の綺麗な瞳はフィマンを兄だと判ったのか、嬉しそうに小さな手を伸ばしていた。
「シシリーの瞳、綺麗だ・・・・お母さんと似ている。」
「お母さん?」
そう呼ばれた事は、セイラは凄く嬉しかった。
ミレは電話で話しても、“セイラさん”としか呼んだ事がなく、少し淋しい気持ちもあった。
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