スンスクの春恋(スンスク) 最終話
ハニがいないペク家は灯りが消えた灯台の様で、心が癒され落ち付く場所ではない。
子供が生まれる時に入院して以来。
ハニは入院どころか病気をした事もない。
出産で家にいないあの頃は、子供達もまだ小さくてお袋が一人でオレ達の子供を見ていた。
スンミが産まれてすぐにスンスクを授かり、ハニはスンスクが産まれるまで身体の弱かったスンミに掛りっきりで、大きなお腹を抱えて熱が下がらないスンミをタクシーで連れて病院に来た事もあった。
予定日より早く自宅で生まれたスンミの事があったから、スンスクが産まれるふた月前から我儘を言って、夜勤や出張はあまり入れなかった。
何も出来ないと思っていたハニは、他の家庭の母親と比べて優秀かと言えば優秀と言えないかもしれないが、オレにとっても子供たちにとっても世界一の妻であり母親だ。
「ハニ・・・・風邪をこじらせて、オレよりも先に逝くなよ。肺炎になりやすい年齢になって来たのだから。お前が逝く時はオレも一緒に逝くよ。先に逝って待っていてもいいが、そうなるとお前は毎日泣き暮らすだろう。いつも待たせてばかりだけど、もしもハニが先に逝ったらオレも直ぐに追って行くよ。」
玄関を誰かが入ってくる音が聞こえると、スンジョは保存ボタンを押してマイクのスイッチを切った。
「お父さん、シシリーは?」
「セイラの実家の方に行ったよ。」
フィマンは小さい妹ともっと一緒にいたかったと言う顔をして、寂しそうに本を読み始めた。
「明日、セイラの実家に行って来るといいよ。セイラもフィマンと話がしたいだろうし・・・・・ミレは?」
「お姉ちゃんは、部屋でもう眠ってるよ。明日予備校で模試があるから、早く寝るって・・・・・」
ミレも今年は受験学年。
転勤で離れて暮らす事になったが、親が傍にいないからと言ってだらけた生活をする娘ではなく、自分の夢を信じて真っ直ぐに進んで行って欲しいと、スンスクは父として思っていた。
渡米したミラからよくメールで連絡を取り合い、その話をまたスンスクに話してくれて、娘と同じようにミラの幸せな様子を知り、もう一度恋をする勇気を持たせてくれた事に、自分も幸せな気分になったとスンジョに話していた。
「お父さん・・・・入っていいですか?」
「いいよ。」
スンジョの寝室のドアを開けると、父と並んで隣にいつもいる母がいないその空気が、急に現実的になって来ている気持ちになった。
「明日、帰ります。」
「寂しいだろ?シシリーとセイラがいないと。」
「ええ・・まぁ・・・でも、体調が良くなったら、また一緒に暮らせますから。それこそ、お父さんもお母さんがいないと寂しそうですね。」
「そうかな?ハニが夜勤で家を空けている時もあったから、案外そうでもない・・・・と言いたいけど、歳を取ると人恋しくなるよ。子供たちも幸せに暮らしていると聞いているから、その寂しさも半減するけど。」
自分と似ているスンスクの前では、自分の心を隠しても見透かされてしまう。
「明日、早いのだろ?もう寝なさい。」
スンスクは父のその言葉にうなずき、部屋のドアを閉めかけた。
「お父さん。ミラが亡くなってから、見合いを断ってばかりですみませんでした。セイラと見合いをしてもう一度恋をする事が出来て、僕は今とても幸せです。お休みなさい・・・・」
ずっと一言言いたかった。
今、言っておかなければ次に家に帰って来る時に、言う事が出来なければきっと後悔をすると思っていた。
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