スンギはミルクティー 37
小学生の様にスンギは大学構内の道を軽快に走っていた。
まだ学生の殆どが来ていない早い時間。 少し冷たい空気が頬に当たっても、今のスンギには気にならなかった。
昨日一日で振られて荒れていた三年間が消えてしまった。
三年前にいつもマリーが待っていたベンチに、あの頃と同じように坂を上がってくるスンギを首を伸ばし気味に待っていた。
あの頃と違うのは、ショートカットで少年の様だったマリーは、大学生になった今は髪を腰まで長くして、ふわりとした軽い生地のワンピースを着て、綺麗に化粧をしていた。
「ゴメン・・・・・待ったか?」
「うん、待った。」
その言い方はあの頃と同じで、マリーは『待っていないよ、今来たばかり』とは言わない。
「料理の得意なスンギに食べてもらうから、朝の3時に起きて作ったの。」
「3時?おい、それは夜中だろう。オレはその頃は・・・・・・いやいいよ。」
「その頃何をしていたの?」
言えっこないよ。
マリーが作る朝食を想像していたら、結婚したら毎日食べられると思ったら・・・・妄想が膨らんで目が冴えたとは言えない。
「あー厭らしい事を考えていたんでしょう?」
「まっ・・・・まさか・・・」
クスクスと笑うマリーの顔を、オレは真面に見ることが出来なかった。
「タバコもアルコールも止めたから寝付けられなかった。」
「私も・・・・・スンギに美味しいって言ってもらえるように作れるかなって・・・思ったら・・・眠れなくて。」
マリーは料理人の父親がいるのに、料理が昔から出来なかった。
だけど、プロポーズをされるくらいの付き合いのある人がいたのだから、そいつに食べる物を作ったことがあるかもしれない。
それを考えると、腹が立つけど消せない事実だ。
「食べて美味しかったらキスしてくれる?」
「ここでか?」
にんまりと笑うマリーは、髪を長くして化粧をしていても昔のままだ。
包みを開けると色とりどりに手の込んだ料理が詰められていた。
これをあの男に作ったことがあると思うと、オレが荒れていた時間に後悔した。
「凄いな・・・・いつこんなものを作れるようになったんだ?」
「パパが作っていたのを見よう見真似で・・・・・・はい・・・・」
さすが料理人の娘だ。
箸で挟んでくれたおかずをスンギは口を開けて食べた。
こ・・・・この味・・・・・・・
「おいしい?」
自信満々なマリーの顔に、オレはどうしたらいいものかと思った。
考えてみれば、お母さんも料理人の娘だった。
料理人の娘が料理が上手だとは限らないが『不味い』とはっきり言った方がいいのか、お世辞でも『うまい』と言った方がいいのか。
「どっち?」
そう言われても、口の中いっぱいに入っているこの物体がのどを通って行かない。
お父さんはお母さんの作った料理は顔色一つ変えずに食べている。
遅い時間に帰宅した時に、二人だけでダイニングで食べている時、お母さんが『おいしい?』と聞くと何も言わずキスをしていた。
___ ゴックン!
呑みこんじまった・・・・・
オレはお父さんに似ているんだ。
スンギはマリーの後頭部に手を当てて顔を近づけて約束通りキスをした。
そうさ、お父さんとお母さんの真似をすれば平和なんだから。
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