あなたに逢いたくて 37
「アッパ~」
何も大人の事情のわからない、無垢で無邪気なスンハの一言。
それがハニの中で、ほんの少し迷いのあった心が動いた。
「キム先生、あんたはまだ何も知らない幼子を使ったか?」
「いえ・・・ち・・違います。ぼ・・・・僕は・・・・」
ギミは、ニヤッと笑って二人の手を取った。
「冗談だよ。スンハのオッパイが終わったら、話が出来るように二人っきりにさせてやるよ。いっそのこと、出産して身体も戻ってきているから、服務中だと言う事を忘れて、やることやってスンハの兄弟でも作ったらどうだ?」
「おばあちゃん!!」
「ギミさん!!」
ハニの中でキム先生に対しての想いは、嫌いか好きかの感情が全然無いわけでもなかった。
老人ばかりの島で、自分と歳の近い若い男性はキム先生だけしかいない。
共通の話もあり、自然と二人は打ち解けて親しくなった。
ただ、キム先生に対しての想いは、仲の良い友達として好きだと言う感情。
元々人懐っこい性格できやすく話の出来るハニだから、誰とでもすぐに親しくできることは普通だった。
全身の力を一杯使って、自分の乳房を口に含んでハニの目を見ながらオッパイを飲むスンハは、自分の生きる糧でもあり生きる源。
あやふやな気持ちで結婚を考えたりしては、自分だけではなく関わる人皆を不幸にする。
私は、自分が決めた道を信じて進もう。
例えそれが報われない恋で辛くても、スンジョ君への想いは一生消えることはないのだから。
「キム先生と、巡回に行ってきます。」
「乳呑み児のスンハを忘れる事してくるんじゃないよ。」
「おばあちゃんったら!」
ギミのからかう言葉に、顔を赤らめるジョンスは、気にしない振りをしてスンハの頭を撫でて先に外に出た。
ふたりをからかっているギミの気持ちをハニは解っていた。
ギミは、年老いた自分がいなくなった後、この島でハニが一人でスンハを育てるより、ソウルに戻り新しい人生をスンハを可愛いがっているジョンスと共にして欲しいと思っていることを。
「ハニさん、誰にも話した事のない僕の話を聞いてもらえますか?」
ジョンスの優しげな声が、後ろから静かに聞こえた。
どこかに座りながら話そうと辺りを見回すと、落ち付いて話が出来る場所を見つけた。
柔らかな陽射しが当たる花壇のヘリに並んで座ると、いつも気の弱そうなジョンスは、深呼吸をしてゆっくりと話し始めた。
「僕は、ハニさんと同じで、産まれると同時に母を亡くしました。父と母はお見合いだったのですが、お互いに一目惚れでした。代々医者の家系の父は跡を自分の意思と関係なく継がなければなりませんでした。お見合いをして本当にすぐ結婚になったのですが、元々身体の丈夫ではなかった母はとても子供を産むのは無理でした。病院を継ぐために結婚した両親で、子供は母の実家の兄夫婦から独り養子を迎える事になっていました。母は親たちに内緒で父と自分達の子供を授かりました。それを知った両親は当然大反対で、子供を堕するように勧めましたが、僕の両親はそれを拒みました。何故か解りますか?」
ジョンスの話しにハニは首を横に振った。
「母は両親達に言ったのです。もし、このお腹の子供を産む事によって自分の命が縮んでも、私がこの世に生きてキム・ジュンスの妻として過ごした事を残したい。そして、このお腹の子供を私が命を掛けて託した希望と思って欲しい・・・・・そう、言ったのです。そんな母は、僕を産む途中に具合が悪くなり、顔を見る事なく亡くなりました。」
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2016.01.28 13:28
2016.01.28 02:25