スンギはミルクティー 44
「・・・・」
マリーは講義の内容が頭に入らなかった。
友達が心配そうに声を掛けたが、その言葉さえ耳に入らなかった。
一限目だけの講義だったからよかったものの、複数の講義があったら途中で大声を上げて泣いたかもしれない。
「ただいま・・・・・」
そう言って家の中に入っても、今日は父のジュングも母のクリスも家にいない日だった。
「そうだ・・・今日はお店に大切なお客様が来る日だって言っていた。」
誰もいない家の中は泣くのに最適だ。
自分の部屋に入り、家に誰もいないのが分かっていても、部屋に鍵を掛けてベッドに潜り込み頭から布団を被って叫ぶように泣いた。
もうもうもう・・・・お弁当なんて作んないんだから・・・・・パパに見ていてもらって作ったのに・・・・・
「ぅわぁ~~~~」
と、今までで一番大きな声で叫ぶと、マリーの部屋のドアが大きな怒鳴り声と共に開けられた。
「うるさいなぁ~時差ボケで眠いんだよ。」
えっ?誰もいないんじゃなかったっけ・・・・・ 父とそっくりな大きなその声に驚きながら、そっと布団から顔を出した。
「お・・お兄ちゃん・・・いつ来たの?」
「一時間前だよ。親父のデカい声が聞こえないからゆっくりと眠れると思ったら、親父に負けないくらいのデカいマリーの泣き声が聞こえたら眠れないんだよ。」
イギリスにいるはずの兄のジョージが韓国の家に来るとは思ってもいなかった。
「お兄ちゃん、またソフィー義姉さんと喧嘩したの?」
「また・・じゃないよ。実家に帰ったんだよソフィーは。」
「喧嘩したんだ・・・・」
「違うって言ってるだろう。エドが中学に上がるからその準備に入ったんだよ。」
エドはジョージの一人息子で、この秋に寄宿制の学校に入る事になっていた。
「でも、どうしてお兄ちゃんが一緒に行かなかったの?自慢の息子だって言っていたじゃない。」
マリーの兄のジョージは声は父とよく似て大きいが、母と似た顔でイギリス人と言ってもいいくらい
の顔立ちだった。
「イギリスの名門の寄宿学校だ、純粋なイギリス人ではないからなエドは。ソフィーの実家の口添えで何とか受験資格を貰えたくらいだ。オレだって好きでポン家の息子で生まれた訳じゃないけど、ああもソフィーのお袋に言われるとあっちにいる気もないよ。あのクソババァめ。」
「ソフィー義姉さんと喧嘩したんじゃなくて、おばあさんと喧嘩したの。」
「まぁそんなとこかな。ところでお前の携帯、さっきから呼び出し音が鳴ってるぞ。」
兄に言われて携帯の画面を見ると、スンギからの電話だった。
「もしもし?」
<マリー・・・オレ・・・・>
「なに?」
兄がいてはスンギに怒鳴りたくても怒鳴ることどころか、まともに話をすることも出来ない。
妹の自分を父以外に溺愛している人だ。 スンギと喧嘩をしたことが判ってしまったら、血の気の多い兄の事だからスンギを殴りかねない。
<マンションの入り口に来ている。ロックを解除してくれないか?>
「帰って・・・・」
<帰らない>
「どうかしたのかマリー。」
「何でもない。」
<誰かいるのか?おじさんの声でもないし・・・ジョージさん?>
「大切な話があるから、今日は会えないから帰って。」
<直ぐに・・・直ぐに帰るから・・>
「ダメ・・・・」
マリーはまだ話しているスンギの電話を途中で切った。
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