スンギはミルクティー 59
温かな夕日が、廊下のベンチに座っているスンギに当たっていた。
寒くないはずなのに体が震えて、手足に必要のない力が入る。
「大丈夫だよ、スンギ。」
マリーが震えているスンギを包むように抱くと、小さい頃の気の弱い小さなスンギがそこにいるようだった。
「スンギ!」
呼ばれて顔を上げると、連絡が行ったのかスンハとスンリが白衣のまま救急搬送されてきたギドンに会う為に息を切らして歩いて来た。
「姉さん、兄さん・・・・・・」
「親父から連絡があった。倒れる前はじいちゃんに変わった所は無かったのか?」
「いつもと変わらなかった。オレとマリーに飲み物を用意すると言って厨房に行ったんだ。」
あの時は、三人はいつもと変わらない会話をしていた。
マリーが持って来た大量の式場のパンフレットを、ギドンも楽しそうな顔をして一冊ずつ手にしていた。
店を閉めて二人で片付け物をしている時に、早く結婚して他の兄弟たちみたいに可愛い曾孫を見せてくれと言っていた。
勉強も出来ない自分が、料理人としてもう少しギドンから教えてもらうまで結婚はしないと決めていた。
マリーはマリーでイギリスにある父の店を手伝って、時々休暇を貰って≪ソ・パルボクククス≫の店主になるために頑張っているスンギに会いに来ていた。
「両ペク先生・・・入ってください。」
救急搬送されたギドンを診ていた医師がスンハとスンリを呼んだ。
「もうすぐ親父が来るからここで待ってろ。年齢が年齢だから覚悟しておいた方がいいよ。」
スンリに言われてギドンの具合があまり良くないことが、医学知識が無いスンギにも判った。
考えてみれば、普通の人なら隠居生活をのんびりと過ごしているはず。
あの元気だった祖母も最近は時々休んでいる事もあったのに、疲れた様子も見せないで常に気をかけてくれていたギドンの事もグミの事も年齢の事を忘れていた。
病院側の計らいで、ギドンは特別室に移された。
父や母、姉夫婦と兄とスンミの夫のヒョンジャが病院関係者だと言う事で、特別な事だった。
「スンギ、店に戻っていいよ。」
「お母さん・・・付いてるよ。」
「お客さんが見えるのに、お店を休みにしたらおじいちゃんが悲しむから。おじいちゃんも運がいいよ。自分の身内に6人も病院関係者がいるのだから・・・・・こんなに綺麗で自分の部屋よりも広い所で眠れるんだから。」
「お母さん・・・・おじいちゃんが死にそうなのに平気なの?」
平気じゃないことくらい判っていた。
お母さんは小さい頃からおじいちゃんとふたりっきりで暮らして来たのだから。
「看護師がこんな事を言ったらいけないかもしれないけど、早くに亡くした妻の所に行かせてあげてもいいかなって・・・・沢山の孫やひ孫たちにも会えたし・・・自分の後を継いでくれるスンギがいてくれて、もう思い残すことは無いのじゃないかな?」
「お母さん、そんなにクールな人だったの?」
「クールじゃないよ。そりゃあ、親にはいつまでも生きていて欲しいけど・・・・考えてみて、私だってもうすぐ60歳よ。おじいちゃんは90歳近いんだよ。これ以上生きていたら私の方が先に死んじゃうかもしれないでしょう。」
ハニにしても出来ればもう少しギドンに傍にいて欲しい。
小さい頃に母を亡くしてから大切に育ててくれた。
男手一つで娘を嫁がせることは大変だったことはよく判っている。
再婚話だってなかった筈はない。
母が亡くなった時は、父はまだ30代。
ハニが結婚をしてスンハが生まれた時に聞いた事があった。
「パパはどうして再婚しなかったの?」
「ママが焼きもち妬きでね、再婚したら化けて出そうだから。」
そうではない事は、ハニは判っていた。
母が死ぬ時に、『ハニをお願い』と言った言葉を守っただけ。
「スンギ、ジュングおじさんとクリスおばさんもこっちに向かっているから、形だけでもマリーと結婚したら?」
「お母さん・・・」
「おじいちゃんはスンギを頼りにしていたから、二人の姿を見せてあげて。」
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