スンギはミルクティー 最終話
「パパ・・・聞こえる?」
酸素マスクをしているギドンは少しだけ目を開けた。
「初めて私の看護服姿を見るよね・・・・看護師なのにパパの具合が悪かったのも知らなくて・・・・ゴメンね。」
酸素が流れる音に消えそうなほどのギドンの声。
気にしなくていいと言っているのが、言葉ではなく心でハニに伝わって来た。
「スンギがね、もうすぐマリーと一緒に来るから頑張ってね。」
僅かに動く口と瞼。 急いで式場は探したものの、それまでギドンの命は持たないとスンジョから聞かされた。
身内の看護は出来ないことは判っていたが、看護師長のギョルの配慮で医療器具の管理と言う名目でハニは付き添っていた。
「私ね・・・看護師を辞める事にしたの。失敗ばかりでクビになったのじゃないの。ミレとフィマンの世話をしないと、お母さんも大変になって来たの。それと、前倒しの定年を希望したの。もう十分スンジョ君の手伝いも出来たし、これからは母として妻として家事をして行くね。」
静かにドアが開いてハニが振り向くと、スンギとマリーが緊張した面持ちで病室に入って来た。
「じいちゃん・・・・マリーだよ。」
「おじさん・・判る?」
マリーが顔を覗かせると、ギドンは目を開けて二人の方を見た。
「ほら・・・これと・・・これ・・・・オレ達入籍だけしたよ。」
揃いの指輪と婚姻承諾証をよく見える様に近づけた。
「昨日からマリーと一緒に、店の二階で住んでるよ。式場も抑えたし、じいちゃんが退院したらすぐに披露宴だ。姪が沢山披露宴に参列してくれるから何も心配することはないよ。店の方もちゃんと開けているし、今も仕込みをしてからここに来た。」
ほんの少しだけ微笑んで、ギドンは疲れたのか静かに目を閉じた。
それから数日後にギドンは静かに天に召された。
カウンター越しに厨房にいるスンギの様子を心配そうに見ているギドンの姿は、もう見る事は出来ない。
淋しくて悲しいが、スンギを後継者として譲ってくれた≪ソ・パルボクククス≫を大切に受け継いで行かないといけない。
スンギが責任者として店を切り盛りするようになってからずっとギドンはレジに置いてある椅子に腰掛けて、食べに来てくれる客を笑顔で迎えていた。
ギドンが倒れてから代わりにマリーがレジで客を迎え送り出していた。
店のメニューも定期的に新しい物が増えてくるのは、どこの飲食関係の店でも良くある事。
ただ一つのメニューだけは≪ソ・パルボクククス≫だけでしか口にすることが出来ない。
「何にしますか?」
「不落粥と不老粥を一つずつ・・・・最後にこの・・・スンギティーを二つ・・・」
「畏まりました。一つだけお客様にお伝えしますね・・・・スンギティーは練乳の調整はお客様自身でお願いしますね。」
意外と評判のいいスンギティー。
食べる物はスンギが作るが、ソフトドリンクやデザート系はマリーの担当だ。
ギドンの時からの従業員も、若い2人に協力してくれているから今のマリーにはあまり負担もなかった。
「マリーそのスンギティーを出したら、午前中は上がりでいいよ。クさん、すみませんが午後は臨時休業をしますから、片付けが終わったら火の元と施錠をしっかりして帰ってくださいね。」
「はいよ、賄を作っておきましたからお二人で食べてください。」
ギドンが天に召されてから5年。
午後からはそのギドンの命日に家族が集まる。
マリーは、大きくなってきたお腹に手を添えて、店の隅にある椅子に腰かけた。
「スンギ・・・知ってる?」
「何を?」
向かい合って賄を食べる二人は、一つの皿を二人で分け合い、時々相手の口の中に食事を入れていた。
「スングね・・・・・結婚するみたい。」
「双子が二人とも結婚してしまう年齢になったのか・・・・・」
スンギ以外のペク家の子供たちは皆大学に在学中に結婚をしていた。
スンギだけは、社会人になってから数年後に結婚をして、初めての子供が生まれるのも一番遅くて結婚5年後の29歳。
世間では遅くないが、ペク家では遅い結婚と出産だが、今のスンギはそんなことで兄弟との違いに悩むことは無かった。
「どうした?」
「おじいちゃんの命日なのに・・・・・陣痛が始まったみたい。」
「本当か?」
「お腹が痛い・・・本当か?じゃなくて、本当なの・・・」
マリーが思った通り、その日のうちに元気な男の子が生まれた。
色白の肌で栗色の髪、女の子と間違えそうな赤ちゃんは、スンジョのアルバムの最初に貼ってある写真とソックリだった。
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