言えない恋じゃないけれど(スア) 9
いつもの朝はスアの鼻歌が聞こえる洗面所だけど、今朝はドライヤーの音がその鼻歌を消している。
香の強いヘアウォーターをたっぷりとスプレイし、手鏡で後頭部まで気にしながら丁寧にブローをしていた。
「おい!いつまでドライヤーを使ってんだよ・・・うっ!くっせぇ!」
狭い洗面所はドライヤーの熱でスアの使ったヘアウォーターの香りが充満していた。
「おい!・・・それ・・・スンハ姉さんの・・・化粧品使ってるのか?」
いつもは洗面して化粧水に乳液をつけて、腰まである長い髪の毛をサッと三つ編みにしているだけ。
今日のスアは、ほんのりとメイクをして、長い髪の毛は毛先まで綺麗にブローをしていた。
「スア・・・お前・・・・」
「おかしい?」
「おかしい・・・・気が狂ったか?」
スングは化粧をして大人の顔に近くなったスアを見て、少し寂しさを感じて心にもない事を言ってしまった。
口から出た言葉は元に戻すことは出来ない。
朝早くから、登校する前に学校に行っても差し支えない程の精一杯のお洒落をしていたスアは、洗面台のシャワーを引っ張り、スングめがけて強い水流を掛けた。
「なにすんだよ!」
「知らない!スングとは今日から口を利かないから。」
恋に目覚めたスアの気持ちも知らないスングは、どうしていつもと違うスアがなぜ怒っているのか判らなかった。
スアによって濡らされた制服を着替えてダイニングに降りて行くと、そこにはいつも一緒に登校するスアがすでに出かけた後だった。
「スアは?」
「用事があるって、朝食も取らないで出て行ったわよ。」
生れた時から離れたこともなく、登校するのもいつも一緒だった。
スアの変化にハニもスングも気が付いていなかった。
ただ一人、父親であるスンジョだけが、スアから漂った化粧品類の香りで、大人に成長した末娘の変化に気が付いていた。
サラサラの明るい長い髪をなびかせて、スアは学校に行く電車に乗り込んだ。
背が高くて綺麗な顔をしたスアは、地下鉄の中ではいつも注目を浴びていた。
男子学生だけじゃなく、女子学生もモデルのようなスアの方に視線を向けている。
いつもはスングとスアの二人でいる姿を見るが、今日は一人で電車に乗っているのが不思議なのかボソボソと話している声が聞こえた。
「おはよう・・・・・今日は一人?」
スアをガードするようにいつもいるスングがいないと、当然のように男子学生数人が気易く声を掛けて来た。
「一人でいちゃ悪い?」
そう簡単にスアは軽い男の子たちの話掛けに応えたりはしない。
「髪結ばない方がいいよ。綺麗な髪の毛だから・・・・染めてるの?」
何の言葉にも答えないスアの髪の毛に触れようとした時、冷たく光る瞳で睨んだ。
「触らないで!髪の毛をどうしようと関係ないでしょう。この色は地毛です。はい、さようなら。」
タイミングよく開いたドアから、スアは表情を変えずに地下鉄を降りて行った。
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