あなたに逢いたくて 46
ハニの心の声がスンジョに聞こえた。
車は既に走りだし、後部座席から振り返ってガラス越しにハニを探しても、スンジョを最後まで見ていたいと集まった女子学生たちに押されてハニの姿は見えない。
スンジョはそれでもハニがここにいたことを確信することが出来た。
まだ、自分に近づいた小さな女の子が、自分の子供だとはスンジョは気が付いていなかった。
「ペク君、どうかしたのか?」
「いえ・・・・・」
ハニがここの大学にいる。
必ず逢いに来るから、待っていてくれ。
その時は、ハニに結婚を約束したのに捨てた形になった事を謝ろう。
赦してくれなくても、赦してくれるまで謝るから。
オレはそれだけ酷い事をハニにしたのだから。
ハニは、スンジョを最後まで見ていたがった学生たちの波から押されて、スンハと一緒に集団の外に押し出された。
「すみません、先生。スンハに勝手に託児室から出て行かない様にちゃんと言って聞かせます。」
「お母さん、気にしなくて良いですよ。スンハちゃんもまだ小さいし何も悪い事をしたわけではないですから。それに、小さい子供がお好きな学生さんだったみたいで、とても優しくスンハちゃんに接してくれたんですよ。久しぶりの託児室なので、お母さんから離れて寂しくなったのですね。授業が始まる前に連れて来てくれればいいので、一緒にいてあげてくださいね。」
ハニは、スンハを担当してくれていた保育士に頭を下げた。
「スンハ、さっきの人がアッパって・・・・」
ハニは保育士と別れて、宿泊の為に借りた部屋でスンハニおやつを食べさせていた。
まだ一歳ちょっと過ぎたばかりのスンハに、スンジョが父親だと教えたことは一度もなかった。
父と娘の血が呼ぶのか・・・・・・どうしていつもは大人しく託児室で、ハニが来るのを待っているのに今日に限って出て来てしまったのか。
「アッパだよ。」
スンハはいつも持っている自分の小さな鞄から一枚の写真を出した。
それはハニが机の奥にしまっていたはずの、スンジョと写したたった一枚のあの写真。
「スンハ・・・・いつ・・・いつ持って来たの?」
スンハに気付かれないと思っていたが、ハニが写真を見ながら泣いていたのを知っていたのか、知らない間に自分の鞄の中に入れていたのだった。
「スンハ・・・・アッパはね、スンハとオンマと一緒にいられないの。アッパにはね会ったらいけないんだよ。アッパは他の女性(ひと)と結婚して、家庭があるのだから・・・・・・」
幼いスンハに、大人の事情の話を言っても判らない。
だけど、ハニは自分の苦しい閉じ込めた想いを声に出して言いたかった。
「アッパ・・・・行きたい。アッパ・・スンハのアッパ・・・」
いくらいつも聞きわけがいいスンハでも、まだ一歳ちょっと過ぎた、小さな子供。
大好きなオンマの言うことでも、会えない事情を言われても理解するのは難しい。
来月ソウルに行ったとき、物陰に隠れてこっそりと<アッパ>だと、教えようと思っていたハニの心が、スンジョの姿を見た事で、自分とスンハの今までの生活が崩れてしまいそう気がした、たった一日の出来事だった。
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