言えない恋じゃないけれど(スア) 53
どうして今日に限って、知っていて会いたくない奴と出くわすんだよ。
「悪い・・・用があるから・・・・」
「数分だよ、いいじゃないか・・・」
その数分も、キエさんを待たせたくない。
「お前にとって大した事のない数分かもしれないが、オレにとっては貴重な数分なんだ。」
いつもコイツは人の都合も考えないで、オレに絡んでくる。 しつこい位に引き留めようと、スングの腕を掴んだ。
「用があると言っただろう。その手を離せよ。」
冷たいその言葉は感情もこもらず、背筋が凍るほどに怖かった。
「・・・・・付き合いが悪いヤツだ。パラン大医学部の教授の息子だからってお高くて気に入らん奴だ。」
聞こえよがしに言ったその言葉にムッとしたが、こんな所で相手になっていてはキエを待たせてしまう。
喧嘩を吹っかけているのが判るから、そんな奴を相手にするのは時間の無駄。
息を切らせて、キエの車の後部座席に乗り込んだ。
「ゴメン・・・・遅くなった・・・・ハァハァ・・・・」
「ううん、いいけど・・・・・どうしたの息を切らせて。」
「同じクラスのしつこくて嫌な奴に会ったんだ。後を追って来るからすぐに車を出して・・・・・」
スングは後部座席に身を隠すようにして身体を丸めた。
思った通り、スングの後を追って来たそのクラスメートは、駐車場に走り去る車以外誰もいない事に頭を傾げていた。
キエとスングのデートはいつも公園の近くの地下駐車場の一番奥の場所。
どこかのカフェで話すことも無く、その駐車場に停めて二人で車の中で時間を過ごすだけ。
狭い後部座席に、二人で並んで来る途中のコンビニで買った飲み物を飲んで過ごすだけでも、二人には幸せなひと時だった。
「もうすぐ生れるんですよね。」
「来月ね・・・・・ギルの所に生れた子供にみんなの目が入っているから。その間に離婚に向けて旦那と話を進めようかと。」
本当は離婚してくれた方がオレにとっては嬉しい事なのかもしれないが、キエさんは精神的に辛いことになるはず。
もしかしたら、オレがキエさんを苦しめさせているのかもしれない。
「さっき、日本に旅行をするのかって聞いたよね。」
「うん、いつも日本のガイドブックばかり見ていたから。」
お父さんにしか言っていない自分の進路。 スアが言うように結婚しているキエさんが好きでも、この恋はしてはいけない。
きっとキエさんは、オレを弟のように思っているだけで、それは恋人を想う思いとは違うかもしれない。
「日本におじさんがいるから、向こうの大学の医学部に行くつもり。」
「一人で?」
「もし、何事も無く6年経っても、キエさんがオレの事を好きならその時に、旦那さんにオレが自分の気持ちを伝えます。」
「付いて行きたいな・・・・」
「でも、向こうで子供を育てる事になってもオレはまだ学生で、キエさんと生れてくる子供を養えない。」
「振られたのかな・・・・・・・」
泣いているキエさんの細い肩。
いっそ、自分の両親にもキエさんの旦那さんにも自分たちの事を話してしまった方がいいのかと思ってしまうが、話してしまえば誤解をされてしまう。
スングは泣いているキエの頬をそっと両手で包むようにはさみ、その唇にキスをした。
「待っていてください。ちゃんと6年で医者になりますから。帰って来たら必ずキエさんを迎えに行きます。」
「その頃の私は30代後半のおばさん・・・・スングはきっとかわいい彼女が出来ているわ。」
キエさんはもっと自信を持ってほしい。
自分と同じ年齢の女の子では、子供っぽくてオレはつまらない。
流行りの話題も知らないし、同学年の子たちはオレの事はすぐに飽きてしまう。
こうしてキエさんを抱くと判るお腹の膨らみ。
このお腹の子供はオレの子供で、オレは子供の父親だといつもそう思っている。
付き合い始めたばかりの頃は、キエさんはツワリで苦しそうで、背中を擦っていても日々痩せて行くことが判るほどだった。
キエさんよりも15歳も年上の旦那さんは、優しい人だけど仕事ばかりで家にいない時が多かった。
家にいない時に何度も訪れた時に、してはいけない事をしてしまった。
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