言えない恋じゃないけれど(スア) 61
椅子の上のカバンを取り、祖母のベッドに静かに近づいた。
「おばあちゃん、用があるからまた明日・・・・来るから・・・・・」
「そう・・・・スングも受験生だから忙しいわよね・・・・アッパから聞いたわ。日本の大学に行きたいって・・・・」
「行けるかな?レベルが高いから、難しいと思う。」
「スングなら大丈夫よ・・・・・」
心残りがあるわけでもない。
年老いても綺麗な祖母は、スングの自慢でもあるし大好きだが、心はこの病室になかった。
また来るからと、祖母が握った手をしっかりと握り返して病室を出た。
病院の廊下を走るわけにもいかず、いつもよりも歩幅を広げて、出来るだけキエが待っている場所に急いだ。
目の前で閉まってしまったエレベータに向かって舌打ちをして、階段で降りようと振り返った時に、息を切らしたスアが立っていた。
「何だよ・・・」
「キエさんに会うの?」
「スアには関係ないだろ。そこをどけよ・・・・・」
「目を覚ましてよ。まだ小さかったけど、覚えているでしょ?私達、一度記憶したことは忘れない・・・・・それが本でも地名でも・・文字や映像・・・・・スンミ姉さんが不倫をしていた時、オンマとアッパがどれほど大変だったか。」
判っている。
自分でもさっき見たキエさんの身体を労わる旦那さんの顔は、オレのゆとりのない愛とは違って、大きく包み込むような愛だった。
キエさんのあのキスが、オレの押さえていたキエさんへの想いが芽生えさてしまった。
スングは両手を広げて、スングの行く手を塞いでいたが、それを押し退けて足早に階段を駆け下りて行った。
「ツワリであまり食べていないから、入院をしていただいた方がいいですね。このままでは、お腹の中で胎児は育たないですよ。」
診察でそう言われて少しショックだった。
ううん・・・・少しどころか、彼がショックを受けている顔を見て私はショックだったのかもしれない。
愛していない人の子供なのに、彼がショックを受けた顔を見て、その時に初めて自分の子供への想いが判ったような気がした。
お腹の中にいる子供は、母親の気持ちや声が判っていると本に書いてあった。
まだこの世に生を受けていない子供が、守ってあげる事が出来るのは医者でもなくて母親である私自身。
母親になるのか女になるのか・・・・・
「キエさん・・・・・」
学生服のスングが嬉しそうな顔をして立っていた。 その顔を見ると、自分の決心がつかなくなる。 母になるか、女になるか・・・・・・
無邪気な笑顔でキエの正面に座るスングに、キエは決心が付けなかった。
「入院することになっちゃったから、暫くスングと会えない。」
その言葉が、二人の関係が変わる一言になった。
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