あなたに逢いたくて 56
スンジョは、初めてハニと会った時からの行動を思い出していた。
一度記憶したことは忘れない、と人に言われているが、本当はどうなのだろうと思っていた。
元々、興味が無い事は記憶をしても書類をファイリングするように、その他の項目があるのならそこに入れてしまい忘れてしまう。
それなら一度記憶したことを忘れないと言うのは間違っているのではないか、と言われるだろうが、何かをきっかけに思い出せる。
大きなBOXの中に入っている棚に分類され、その他の項目でもいくつもの引出しに分かれ、その見出しを見てそこに何が入ってるのか判るように思い出せるのだ。
最初に会った時のハニは、壊れた自販機をキックボクサーのような見事な蹴りで、硬貨を入れても出て来ないジュースを出した。
とんでもないお転婆な女の子。
その後何日か後に、誤字や文法のの間違いが多いラブレターをくれた事で、彼女がオレの事を好きだと知った。
今まで何度も女の子からはラブレターを貰っていたから、どうも思わないのがいつもの事で、貰っても開封しないで破り捨てていた。
ハニのそのある意味印象的なラブレターは、オレの記憶から消えることはなかった。
誤字のない完璧な手紙なら印象にも残らなかったが、小学生並の内容の誤字の多い手紙は、高校3年生なのに印象深かった。
ハニの言う「運命的な出会いの私達」に、よく小馬鹿にしていた時が今は懐かしく感じる。
運命的な出会いも、あながち間違いではないかもしれない。
普通は震度2の地震で、新築したばかりの家が崩壊なんてしないし、そのニュースを見ていた親父がずっと探し続けていた親友だと言ってから始まった同居生活。
馬鹿で煩くて何も出来ないハニが、鬱陶しくて嫌いだった。
思えば、オレが鬱陶しいだとか嫌いだと思ったのは初めてだし、何よりも他人が気に罹ったことも初めてだった。
それが運命的な出会いだったと気づいたのは、ハニがオレの前から去って行くあの雨の日の駅のホームでの別れの後だった。
素直に自分の気持ちをさらけ出せず、親の為と格好つけてハニを捨てた自分が、ハニの前に出ていいのかと何度も思った。
母親が亡くなってから父と娘二人でずっと過ごして来たのに、その父と離れて祖母のいる遠い島で、オレやオレの両親にも内緒で、ひとりで子供を産んで育てていた。
あの時に見た小さな女の子が、ハニと似ていると思ったのも運命かも知れない。
広い大学の構内で、オレを見つけて走り寄って来たあの女の子が、オレが父親だと知っていたのかどうかは判らないが、アッパと呼んだのは親子の血が引き寄せて出た言葉なのかもしれない。
外れて狂いかけた歯車を、もう一度動かすためには、オレは何度もハニに謝るつもりでいる。
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