言えない恋じゃないけれど(スア) 66
キエは気が気ではなかった。
スングが病室を出て行って直ぐに、夫が何も言わず黙って出て行ったのはスングと話をする為ではないかと思えた。
ベッドから降りて、そっと病室のドアを開け二人が行った方を見ても、夫が帰って来る様子が見えない。
病室から出る事が禁止されているキエは、またベッドに戻って待つことにした。
どうして彼はいつも平然として、どんな事にも動じないのかしら。
私が年下の人が好きだと言っているのに、それがスングだと判りそうなのに、何も知らない振りをしていつも通りにしている。
いつも通り・・・・じゃないわね。
前は何があっても仕事が終わらないと帰宅しなかった人が、ここ数日定時で仕事を終わらせて病院に来てくれているし、入院してからは会社が近いから朝とお昼と夕方にも顔を出して。
「キエ、君の好きなアイスクリームを買って来たよ。」
「いいのに・・・・」
「これだけはツワリでも食べれると言っていただろ?」
「覚えていてくれたの?」
その言葉に、キエの夫は何も応える事はなかった。
無言でキエがアイスクリームを食べている様子を見ていたが、座り直してキエが食べ終わると口を開いた。
「彼は、まだ高校生だ。会うなとは言わないが、彼の未来を止めるようなことはしてはいけない。」
「どういう事?」
「彼は伝説になっているパラン大医学部教授の息子だろ?パラン開校以来の天才の・・・・・・姉は産婦人科の人気医師で兄も外科の優秀な医師。」
「よく調べたわね・・・・・」
「母親同士が親友で、小さい頃からの知り合いだから、キエの好きな相手は彼だと思ったよ。」
言ってみようか。
どうしていつも私を叱らないの?怒らないの?と
「どうかしたのか?」
「うん・・・・どうして私を怒らないの?不倫をしていたんだよ・・・今もスングが好き・・・・・」
「キエを一人の女性として愛しているから・・・・・それだけだ。年が15も上の自分の妻として、一生懸命に家を守り私の子供を生んでくれるから。」
初めて聞いた夫からの愛していると言う言葉に、キエは胸がキュゥ~ンとした。
「それに、キエは好きでもない人間の子供を生むことを決意しないし結婚もしない事は知っている。私は仕事人間で、キエに優しい言葉や甘い言葉を今まで言った事はないけど、キエがあのスング君に気持ちが揺らいだことは自分のせいだと思っている。」
優しくて広い心の夫の言葉に、キエは愛されている事にようやく気が付いた。
「スング君は父親や姉や兄の様に立派な医師になる目をしている。既婚者の君との未来を考えていたかもしれないが、彼の能力をキエが奪ってはいけない。スング君に会ってもいいと言ったのは、辛いツワリを彼のお蔭で楽になったようだから、会ってもいいと言ったんだ。人としての間違った行動を君はしない人だから。」
いつも自分を叱ったり怒ったりしない夫に、バカにされているとか子ども扱いされていると思っていたのは、年の離れた自分の勝手な思い込みだとキエは気が付いた。
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