あなたに逢いたくて 59
「オンマ!」
その声に優しく微笑んだハニの視線の先には、二歳位の幼い女の子を抱いた男性が立っていた。
その女の子は、ウファ看護大学でオレに抱きついて来た子供だった。
大学職員の話では、結婚してすぐに夫に先立たれた、そう言っていた。
二歳位なら、ハニと付き合っていた頃だろうか・・・・・!・・まさか・・・オレの子供か?
もしあの女の子がオレの子供であったら、ハニの事だからオレに迷惑をかけるからと言って、隠れてお袋にも言わないで産むだろうし、オレの子供かと聞いてもきっとそうだとは言わないだろう。
妊娠が判った時は丁度親父が倒れた時かもしれない。
あの頃、ハニは食事も摂らずよく吐いていた。
結婚の約束をしていなかったにしても、折角授かった子供だからと中絶はしないはずだ。
愕然としながらも、幸せそうに子供の頬に、口付けているハニを見ていると、ハニは自分に注がれている視線に気付き、その先にスンジョが見ていた事に気が付くと顔を強ばらせた。
「ハニ・・・・」
「スンジョ君・・・・」
時間が止まったようなその空間。
ハニに抱かれているスンハが、スンジョを見て喋ろうとした時、ハニがスンハの口を手で押さえた。
「その子供は、オレの子供だろ?」
スンジョがスンハを見つめながら聞くと、みるみるうちにハニの見開いた目から、大粒の涙が流れて来た。
首を振りながら、ハニは震える声で絞り出すように言った。
「違う・・・・違うの・・・私、結婚したの・・彼と、彼の子供なの・・・あの家から出てすぐに・・・・」
スンジョは、ハニが嘘をついている事は解った。
そばにいる男性に近づくハニを見ていると、いつもスンジョを折っていた瞳にハナにも映らず自分を拒んでいると言う事に、スンジョは思った以上にハニが傷ついている事を知り頭が真っ白になって来た。
ハニが結婚したと言っている男性の腕を、供を抱いていない左の手が触れた。
キラリと輝る(ひかる)薬指の結婚指輪が、スンジョの心を締め付けた。
スンジョは、ハニが嘘を吐いている事を判ってはいたが、それでももしかしたら本当に結婚したのかもしれないと思えた。
スンハが嬉しそうに見ているジョンスに、少しショックを受けてはいたがどうしてもハニと話しがしたかった。
「ハニ・・奥さんと少し話をさせていただけませんか?」
力なく言うスンジョの声を遮るように、ハニは初めて聞くくらいに強い口調でスンジョと話す事を避けようと言った。
「私には、何も話すことはないわ。行きましょ、スンハアッパ・・・・・」
スンジョに顔を合わせない様に、ジョンスの腕を引っ張ってその場から立ち去ろうとした時、ジョンスはその手をそっと外した。
「キチンと話し合った方がいい。僕は、スンハと構内を散歩しているから。」
「ジョンス・・・・」
ジョンスは、ハニからスンハを受け取りスンジョに会釈して、その場を後にした。
「話しなんて・・・・・話なんてないよ・・・・・」
何も言わずハニの手を引いて近くのベンチに腰かけた。
「座って・・・・・・」
スンジョは、ハニがベンチに座ったのを確認して少し離れて横に腰かけた。
ハニの顔を見ないで、スンジョは震える声で聞いた。
「幸せか?」
「うん・・・・・・スンジョ君は・・・・」
「オレは・・・・・ヘラとの縁談は無くなったんだ。その後は・・ハニを探している間は・・・・辛かったが、ハニが受けた傷に比べたらなんて事もない。そう思った。物心ついてから一度も挫折を味わった事もなかったし、後悔もしたことのなかった人生。だから、人が傷付いてもその気持ちも判らなかった。ハニ・・・・ゴメン。いつかハニに会ったら言いたかった。結婚の約束までしたのに、簡単に捨てた男を許せないよな。」
ハニは、いつも堂々としていたスンジョの哀しそうな声に、自分自身もその哀しみが伝わって来た。
「謝らないで・・・スンジョ君が私に謝ったらダメだよ。私・・・思っていないよ、捨てられたなんて。」
目を合わせようとしないハニ。
拒まれても逢いたくて仕方がなかった、一番大切なハニがそこにいた。
他の男の妻となり母になっと言い張るハニ。
「彼とはどんなふうにして知り合ったんだ?」
えっ!?ハニはドキリとした。
「ジョンスは、おばあちゃんの紹介でお見合いしたの・・・・・・公衆衛生医師として服務していたんだけど、偶然に休暇でこっちに来ていた時にお見合いして、それで・・・・・スンハが出来ちゃったから・・・・・・・」
ハニはチラリとスンジョの方を見ると、スンジョが哀しそうな笑顔で遠くを見ていた。
「優しくしてくれるか?」
「うん・・・・すごく優しいの、彼が実家の病院を継ぐから私も看護師を目指しているの・・・・・・スンジョ君も素敵な人と結を婚して、立派なお医者様になってね。私の夢はスンジョ君が立派なお医者様になることなのは、ずっと今も変わらないから。」
「ハニがそばにいないのに、立派な医者になるのか判らないだろう?」
「私には判るよ・・・・・・・もう行かないと、スンハはね、とっても淋しがり屋なの。私がいないと・・・・いないとダメなの・・・・・・」
「今度はハニの方が先に行ってくれ・・・・・元気で・・・幸せにな。」
立ち去るハニをスンジョは見送った。
ハニの姿が離れて行くほど、涙でかすんでいった。
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