未来の光(スング) 16
閑静な住宅街にあるマンション。
エントランスに入る前から、かなり高収入の人たちが住んでいることがよく判る。
何度か来たことのある優花が住むマンション。
部屋の番号を入力して呼び出しボタンを押した。
「今、行くから待っていてね。」
いつも通り優花が応対に出た。
いつも通りに出て来た優花の声は、小さな声で何かいつもと違った感じに聞こえる。
エレベータが一階に降りて来ると直ぐに優花が降り、慌てた様子で自動ドアの前まで来て、ドアが開くと直ぐにスングの袖口を引っ張り中に入った。
「どうかしたのか?」
「スングが来る前に話したの、スングの実家に夏の休暇で行くこと。」
「で・・・・・・怒られたの?」
聞かなくても判る事だった。
が、優花は首を横に振ってそうではないと言う事を表していた。
「怒られはしないけど、スングの家族と会ったことも無い優花が、どうして夏の休暇にスングと一緒に行くのかと聞かれて、私は知らないと言ったの。だいいち今まで友達と旅行でいなくても、気を付けて帰って来るようにとしか言わなかったのよ。」
数回会った事のある優花の両親。
訪問することを断られたわけではないし、自分の実家の事を聞かれた時に隠すことなく事実を伝えている。
優花の家で夕食まで食べた事もあるが、特にこうして自宅まで訪れる事を反対されたことも無く話もした。
優花の部屋のドアを開いて、いつも用意してあるスリッパを履いた。
優花の部屋の前を通り過ぎて、両親のあるリビングにスングを連れて行った。
「こんにちは・・・・」
「いらっしゃい。」
スングが挨拶をしてリビングに入ると、優花の父親が正面のソファーに座るように勧めた。
一人っ子で育ったが厳しく育てられたわけでもなく、甘やかされて育ったわけでもないと聞いたが、今日の優花の両親がスングを見る目はいつもと違っていた。
「優花と一緒に夏の休暇に君の家に行くと聞いたが・・・・・・」
「はい。実家の母が優花の話をしたら会いたいと言うので。」
いつもの床の父親と違った雰囲気での話に緊張してくる。
母親も、いつもの笑顔とは違って厳しい顔でスングを見ていた。
「二人が付き合っている事は、家内も私も反対はしていないが、まだ学生で交際期間も数ヶ月。それなのにお互いの事がまだそれほどわかっている訳でもないのに、君は優花の事をそう思って付き合っていたのか聞きたい。」
言いたいことを我慢していた優花が、どう答えていいのか迷っているスングに話して来た。
「パパとママは、私たちが急いで結婚をしなければといけない理由が出来て会いまったのかって・・・・・・・」
「結婚をしないといけない理由?」
「自分の親に会わせるよりも先に、私たちにそう話してくれるのが筋だと思うが、優花が妊娠をするようなことをしていたのかと。」
「妊娠?」
「妊娠はしていないって言ったのに、信じてくれなくて・・・・・」
確かにそうだ。 実家の両親に会わせたいと言う事を言えば、普通は結婚をするために会わせると思うだろう。
はっきりと結婚を前提に付き合いたいと言ったことも無いし、それよりもオレ達はまだそんなに深い付き合いでもない。
妊娠をするような行為どころか、キスだってしていないのに妊娠をするはずがない。
「オレと優花は妊娠をするようなことはしていません。ただ、仲良くしている優花を母に会わせたくて・・・・」
「あなたのご両親にも誤解をさせてしまうかもしれないので、母親として言わせてもらうわ。結婚をする意思が無いのなら、自分の両親に会わせるために夏休みを利用して泊りがけで行くようなことに誘わないで。遊び半分で優花と付き合っているのなら、まだ深い付き合いではない今別れてくれないかしら?優花は一人娘だし、ゆくゆくは病院を継いで行かなければいけないの。」
「結婚する意志がないのなら別れろ・・・・・と言うわけですか?」
こう言う雰囲気になると、オレはお父さんと同じような言い方をしてしまう。
相手は目上の人であっても、強い口調になる。
「そうだ。まだ何もないのなら、別れて学業に専念をしなさい。付き合っている事には反対はしていなかったが、君が結婚の意思もないのに泊りがけの旅行の許可は出せない。」
オレは一度も結婚の意思はないと両親に言ったことは無いし、優花にも言ったことは無い。
ずっと長く優花と一緒にいたいと思っているのは、優花と結婚がしたいからだ。
まだキエさんへの気持ちが残っている状態で、優花に『将来君と結婚がしたい』とは言えない。
でも、高齢のおばあちゃんに会わせるのなら、先延ばしにも出来ない。
おばあちゃんは、仕事とミラさんの看病でオレとスアの世話で負担をお母さんにかけないために代わって世話をしてくれていた。
来年再来年でもおばあちゃんは生きているとは限らない。
オレの選んだ優花を、おばあちゃんに会わせたいのが一番の理由だ。
「優花と結婚をする気持ちはあります。優花以外の人とはこの先何十年も一緒にいる気持ちはありません。自分にとってずっと傍にいて欲しいのは優花だけです。」
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