あなたに逢いたくて 63
「おじさん、さっき話していたハニ・・・ハニさんとは、どんな女性(ひと)なんですか?」
オレは、会えなかった五年間のハニを知りたくて、船で迎えに来た漁師に、ハニを知らない振りをして聞いていた。
どんなに小さな話でも、ハニに関する事なら何でも聞きたい。
それが、良い事や良くない事でも、ハニの事を知らないままでいたくなかった。
「ハニちゃんて言うのは、診療所のギミさんの孫娘さぁ。わしらのいる島は、老人しか住んでおらんのさ。大都会から来た子で、美人で頭のいい子だ。」
美人で頭がいい?
スンジョは、漁師の言った言葉に笑いが込み上げてくるのを抑えた。
「島に来た時は、お腹に子供が入っとった。何も言わんでもみんな気づいておった、若い娘がこんな田舎に来るんだから辛いことがあったにちがいないって。随分と傷付いた顔をしておったから、男に騙されたんじゃないかと・・・・あんなにいい子を哀しませる奴は、その時にそいつが幸せであっても、長い人生絶対に幸せにはなれん。」
話を聞くまでは、ハニとスンハと幸せな三人での生活を考えていた。
その漁師の話では、ハニは時々高台に上がって東の方を見て泣いていた。
そんなハニの横で、キム・ジョンスが心配そうに見つめているのを見て、二人が一緒になるのではないかと島に住む人たちは思ったらしい。
それでもハニは、亡くした夫が忘れられないから・・・亡くなった夫の忘れ形見で一粒種のスンハと一緒に、一生誰とも再婚もしないで過ごすことを決めたと言う事を話していたと聞かされた。
ハニの中ではオレは死んだことになっていることに、ひとりでスンハを育てて生きて行くと言う決心に、改めてハニの傷の深さを知った。
パラン大で再会した時の涙は、亡霊としてのオレを見ていたのか・・・・・・・
「ペク先生、着きましたよ。いつもならハニちゃんが迎えに来てくれるけど、今日はハニちゃんは、半島に薬を取りに行っているから帰るのは夕方になるはずさ。船を降りたら待っとってくだされ、ワシの車で送るから。」
島に降り立つと、あちらこちらにハニが描いたのであろうか、似顔絵や店の案内を示す絵がカラフルに描かれていた。
「あの看板はみんなハニちゃんが描いたんだ。表札の横の似顔絵は初めて訪れる先生方に、同名が多いこの島の人が、特徴を似顔絵で見分けられるようにしてあるんだ。なかなか似てるって評判さぁ。ハニちゃんが来てくれたおかげで、辛気臭い老人の島が明るくなった。」
ハニはどんな人も幸せにする力が備わっているのだ。
その力をオレは拒んでしまった。
ここにいる三年で、昔のようにハニと自然に笑顔で話せることが出来るようになれるだろうか。
診療所に着くと、ギドンおじさんとよく似た顔の年配の女性が出迎えてくれた。
この人がおじさんの母親でハニの祖母のギミさんだろう。
ギミは、スンジョの顔を見て何かハッとするような表情をした。
スンジョはハニが自分の事を拒否しているのだから、何も言わず事務的に名前だけを言った自己紹介の挨拶をして診療所の中に入って行った。
「ペク先生、先生の部屋は離れになります。部屋は、看護師・・・ああ私の孫娘ですが帰って来たら案内させます。新しいシーツ類も島で買って来てくるはずですから。」
診察室に入ると、机の上に一冊のノートが置かれていた。
それを手に取ると、ハニが一生懸命に書いたのだろう、島の住人の一人一人の特徴が描かれていた。
やはり昔と同じにやたらとハートや星などが描かれていて、特徴を細かく書いた似顔絵も描かれていた。
「ハニらしいな・・・・・・・・」
ハニが書いたノートを夢中で読んでいたら、いつの間にか窓の外は夕暮れになっていた。
外をバタバタと走る小さな子供の足音と共に、勢いよく玄関のドアが開いた音がして、元気な子供の声が聞こえた。
「おばあちゃん、ただいまぁ~。新しい先生来たの?」
その声と足音が診察室に近づいてきた。
「アンニョ~ン」
スンジョはその声の方に振り向くと、四歳になったスンハが息を切らしてドアを元気よく開けた。
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